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川久保賜紀&小菅優

 ヴァイオリニストの川久保賜紀は、これまでさまざまなピアニストと共演を重ねているが、2019年3月11日に紀尾井ホールで行われるブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会では、ピアニストの小菅優と共演することが決まった。
 先日、ふたりにインタビュー。その共演について、作品について、お互いの音楽性についてなど、さまさまな話を聞くことができた。
 ふたりはこれまでドイツのツアーなどでも共演し、息はピッタリ。とても仲がよく、ひとりに話を聞いているときもすぐにその話題について自分の意見をいうなど、まさにデュオを聴いているよう。
 このインタビューは、「ぶらあぼ」に書く予定になっている。
 川久保賜紀と小菅優は、性格はかなり異なる。音楽に対するアプローチも違い、作品のとらえ方も異なる面が多い。この相違が丁々発止の音の対話となり、刺激的なデュオが生まれることにつながるのだろう。
 興味深かったのは、ふたりとも幼いころから海外生活が長いため、漢字が苦手なようで、いま習得に余念がないとのこと。日本人もいまやパソコンやスマホに頼りっきりで、変換さえすればすぐ漢字が出てくるため、難しい漢字は読めることは読めるけど、書けないという人が多い。もちろん、私も例外ではない。
 そんな話に花が咲いたが、ふたりはリハーサルのときは日本語ではなく、英語でのやりとりだそうだ。その方がストレートにいいたいことが表現できるのでいいとか。日本語はあいまいな表現が多いので、かえって難しいとのこと。
 ふたりとも、国際人だわねえ。英語でリハーサルとは…。
 記事は、ふたりのブラームスの作品論について綴りたいと思う。
 今日の写真は、インタビュー後のツーショット。来春のコンサートが楽しみだ。

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posted by 伊熊よし子 at 22:27 | 情報・特急便

エリソ・ヴィルサラーゼ

 エリソ・ヴィルサラーゼの演奏は、いつ聴いても、どんな作品を聴いても、深い感動が心に残る。
 11月27日にはすみだトリフォニーホールでリサイタルがあり、前半は彼女が得意とするシューマンの「6つの間奏曲」と「ダヴィッド同盟舞曲集」が演奏された。
 何も引かない、何も足さないということばがピッタリで、あるべき音がそこに存在し、シューマンの作品の神髄がひたひたと胸に押し寄せてくる。
 なんという謙虚で純粋で高潔なピアニズムだろうか。
 ヴィルサラーゼはインタビューでも、音楽と対峙する真摯な姿勢をことばを尽くして話してくれるが、演奏もまた揺るぎなく凛としたもので、姿勢を正したくなる。
 後半はオール・ショパン。バラード、ワルツ、ノクターンなど全11曲を休みなく続けて演奏し、余分なものが何もないシンプルな美を放つショパンの世界へと聴き手をいざなった。
 こういうリサイタルは、本当に心に響くものである。何日たっても感動の泉は枯れず、いまだ美しく透明感あふれる水がこんこんと湧き出てくる感覚にとらわれる。
 もうすぐ、2018年のコンサート・ベストテンの原稿の締め切りがやってくる。今年も、もうそういう時期になったのだ。ヴィルサラーゼは、当然のことながらこのなかに入る。あとはどれを選ぼうかな。
posted by 伊熊よし子 at 23:27 | クラシックを愛す

マルティン・シュタットフェルト

 マルティン・シュタットフェルトに初めてインタビューをしたのは、2005年8月、シュトゥットガルトでのことだった。
 前年、ヨーロッパでリリースされたJ.S.バッハ「ゴルトベルク変奏曲」がセンセーションを巻き起こし、日本でも大きな話題となっていた。
 ドイツでのインタビューは、コンサート会場の近くで行われ、シュタットフェルトは演奏と同様にあるリズム感を伴って颯爽と現れた。
 あれから13年、彼は何度も来日し、そのつど新たな面を示してきた。
 シュタットフェルトはもちろんバッハ以外の作品も演奏しているが、新譜は「バッハへのオマージュ」と題した「シャコンヌ」のピアノ用編曲と、自作の「バッハへのオマージュ〜ピアノのための12の小品」(ソニー)。その話を聞きに、すみだトリフォニーホールに出かけた。
 今回のリサイタルでは(11月25日すみだトリフォニーホール)、バッハと自作とショパンの24の練習曲集(シュタットフェルトによる即興演奏挿む)がプログラムに組まれている。
 インタビューでは、新譜の編曲と自作の話題が中心となり、やはりバッハに始まり、バッハに終わった。
 このインタビューは次号の「intoxicate」に書く予定である。
 シュタットフェルトは、自身の進む道を迷わず、道草もせず、まっすぐに進んでいる。近年は作・編曲にも力を入れ、「自分の本当に弾きたいものを弾く」という姿勢を明快に打ち出している。
 彼はとても思慮深く、静かにおだやかに話す。ここがもっとも変貌した点で、最初に会ったころは、話も「ゴルトベルク変奏曲」の演奏の疾走するイメージと重なり合うようなスピード感にあふれ、エネルギッシュでリズミカルで、ある種のとんがった感じを抱いたものだ。
 しかし、現在はひとつの質問にじっくり考えを巡らし、ゆったりとことばを選びながら話す。
 ひとりのアーティストをデビュー当初から聴き続け、取材し続けると、その人間性と音楽性の変容が理解できて興味深いが、シュタットフェルトの場合もしかり。音楽の熟成と同様、人間性も成熟してきたことがわかる。ただし、バッハに対する一途な思いは変わらぬままだ。
 今日の写真は、静けさあふれる表情のマルティン・シュタットフェルト。

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posted by 伊熊よし子 at 23:59 | アーティスト・クローズアップ
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