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ル・ポン国際音楽祭

 ル・ポン国際音楽祭は、樫本大進が音楽監督を務める音楽祭である。
 今回は、初めてこの音楽祭を取材するために出かけ、世界から集まったすばらしいアーティストたちが奏でる室内楽を楽しんだ。
 すでに12回目を迎えるル・ポン国際音楽祭は、すっかり赤穂と姫路に定着し、すべてのコンサートが完売となっている。
 この取材は「家庭画報」の来年初頭の号で紹介することになっているため、ここではまだアーティストの写真や内容は公開できない。
 今回は姫路を訪れ、有名な姫路城で撮影を行った。近くで見る姫路城は非常にエレガントで美しく、敷地の広大さには目を見張った。
 今日の写真は、音楽祭の楽屋に置かれているホワイトボードに書かれた、スケジュールの一覧表。すべてのアーティストが毎日これをチェックして、自分の出番を確認している。ボランティアの方たちが考えたというアイディアあふれるリストである。

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 姫路城の入口には「世界遺産」の文字が。

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 姫路城遠景。
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posted by 伊熊よし子 at 23:36 | 麗しき旅の記憶

チョン・ミョンフン&チョン・キョンファ

 10月4日と5日、チョン・ミョンフン指揮東京フィルハーモニー交響楽団の10月定期演奏会にソリストとしてチョン・キョンファが参加、ブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏した。
 このビッグな共演に先駆け、東京フィルから依頼されてコンサートの原稿を書いた。それを下記に貼りつけたい。

[ケガを乗り超え、洞察力に富み、人間味あふれる演奏に変貌を遂げたチョン・キョンファのブラームスで、至福のひとときを味わう]

 幼いころから音楽に類まれなる才能を示し、「神童」と称され、特別な教育を受けてきたチョン・キョンファ。12歳で渡米し、ジュリアード音楽院で名ヴァイオリニストたちに師事し、19歳でエドガー・レヴェントリット国際コンクールに優勝して国際舞台へと躍り出た。以来、怖いまでの集中力に富む、野性的で深い表現力に根差した完璧なる演奏は各地で高い評価を得、全身全霊を賭けて演奏する情熱的な姿勢に世界中のファンが魅了された。
 しかし、2005年に指のケガに見舞われ、5年間まったくヴァイオリンが弾けない状況に陥る。この間は治療に専念しながら後進の指導にあたるなど、若い音楽家の育成に尽力した。復帰は2011年12月。その後、2013年6月には15年ぶりの来日公演が実現し、聴衆に深い感動をもたらした。さらに2015年にも来日し、4年間デュオを組んでいるケヴィン・ケナーとのデュオでベートーヴェンのソナタをじっくりと聴かせた。実は、キョンファはアメリカ留学時代に師事したポール・マカノウィツキーと、彼とコンビを組んでいたノエル・リーのデュオを目指している。彼女は多くの偉大なヴァイオリニストに学んでいるが、彼らから「演奏家は生涯学びの姿勢をもつこと」という精神を教え込まれたという。さらに2017年には、長年の夢であるJ.Sバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全6曲を来日公演で披露、15年ぶりのスタジオ録音も完成させている。
「バッハの無伴奏は私の人生の糧ともいうべき作品。ニューヨーク時代に14歳で弾き始めたけど、本当に理解することが難しかった。特にフーガは大いなるチャレンジだったわね。全体の流れを大切に、ヴィブラートを抑制しながら弾く。各作品を完全に咀嚼し、音にしていく過程はとても困難だった。でも、長年に渡りずっと弾き続け、勉強を続けてきたため、勇気を出していま演奏するべきだと自分にいい聞かせ、全曲録音&演奏に挑戦したの」 
 こう語るキョンファがとりわけ愛しているのがソナタ第3番のフーガ。フーガに関しては、当初からさまざまな悩みを抱え、あらゆる奏法をガラミアン教授から学び、自身で内容と解釈と奏法をひたすらきわめていった。
 彼女は、ヴァイオリンが弾けなかった時期に、頭のなかでバッハの楽譜と対峙したという。楽器に触らず、楽譜の隅々まで読み込み、イメージを広げていく。その作業が、いまは大きな成果と役割を果たしていると語る。
「演奏家はどうしても楽譜を深く読むことより、先に楽器を手にして弾き始めてしまう。でも、譜面をじっくり読み、頭のなかで音楽を鳴らすこと、想像すること、考えることはとても大切。楽器が弾けない時期に、私はこの精神を学んだの。こうした偉大な作品は、人生とは何か、どう生きるべきかという人生の命題を突き付けてくる。私はそれを音楽で表現し、聴衆とその精神を分かち合いたいと思っています」
 さらに、キョンファは熱弁をふるう。
「演奏家は作曲家と聴衆をつなぐメッセンジャー。自分自身が前面に出るのではなく、作品の真意をいかにしたら聴き手に届けることができるか、それを優先すべきです。とかく演奏家は自分をアピールしたがるもので、私も若いころは確かにそうした面もありましたが、いまはステージに出たら自己の存在を消し、作曲家の僕となるべきだと考えています」
 今回は、ブラームスのヴァイオリン協奏曲を弟ミョンフンのタクトで演奏する。このコンチェルトはキョンファの得意とする作品で、2000年にはサイモン・ラトル指揮ウィーン・フィルとの共演で録音を行い、激情的な表現が大きな話題となった。それがどのような変貌を遂げたか、期待は高鳴る。第1楽章の歌謡性に富む情熱的で壮麗な主題のうたい回し、第2楽章の叙情的な色彩が濃厚なアダージョの表現、第3楽章のロマ風の主題の活気に満ちたフィナーレなど、聴きどころ満載だ。
 前回のバッハでは集中力と緊迫感がただよう3時間に、キョンファとともに呼吸しているような感覚を味わった。修行僧のような奏者が存在し、巨大な作品に命を捧げるような演奏に心が浄化する思いがしたものだ。ブラームスでも洞察力に富み、人間味あふれる演奏に至福のひとときが味わえるに違いない。

 そのコンサートは、驚きと衝撃に満ちていた。キョンファは野性に戻り、全身を使ってブラームスの内奥へと迫り、ミョンフンのタクトと呼応しながらもオーケストラをグイグイとリードしていった。まさに往年の「女豹のような」と称された演奏が戻ってきたのである。
 だが、終演後は打って変ってにこやかでおおらかな笑顔を披露し、シャイなミョンフンの手を引っ張ってステージ中央に連れ出し、気丈な姉、貫禄たっぷりの姉を見せつけた。
「夢の共演」は、すばらしいひとときを与えてくれた。いまなお心が高揚している。 
posted by 伊熊よし子 at 21:43 | クラシックを愛す

ネマニャ・ラドゥロヴィチ

 10月4日、ネマニャ・ラドゥロヴィチのリサイタルを聴きに、浜離宮朝日ホールに出かけた。
 今回はプログラムの原稿を書いたため、曲目はかなり前から知っていたが、フランス作品でまとめた彼らしい選曲となった。
 まず、サン=サーンス「死の舞踏」からスタート。これは作曲家自身による編曲版が使用された。冒頭からネマニャらしい個性的な表現が全開、中間にアグレッシブな踊りが盛り込まれ、最後は消え入るように幕を閉じた。
 次いでフランクの名高いヴァイオリン・ソナタ イ長調が登場。今回のピアニストはロール・ファヴル=カーン。両者の丁々発止の音の対話も見事だが、ネマニャの爆発しそうなカーリーヘアと、ロールのボリュームある髪型が音楽とともに揺れ動き、実に絵画的なステージだ。
 後半はドビュッシーのヴァイオリン・ソナタ、ショーソンの「詩曲」と続き、フィナーレはネマニャの真骨頂であるラヴェルの「ツィガーヌ」。この「ツィガーヌ」が燃えに燃えた演奏で、会場はやんやの喝采に包まれた。この公演評は「公明新聞」に書く予定である。
 彼の演奏はもう10年以上聴き続けているが、常に熱く深く燃えたぎる。この夜、CDのサイン会は長蛇の列となり、人気の高さをうかがわせた。
 今日の写真は、プログラムの一部。演奏姿勢がとても情熱的で魅力的だ。

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posted by 伊熊よし子 at 23:36 | クラシックを愛す
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