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パウル・バドゥラ=スコダ

 ピアニストのフリードリヒ・グルダ、イェルク・デームスとともに「ウィーンの三羽烏」と称されたパウル・バドゥラ=スコダが25日にウィーンで亡くなった。享年91。

 だいぶ前にインタビューしたときの様子がまざまざと脳裏に蘇る。

「インタビュー・アーカイヴ」の第80 回は、スコダを偲んで、ロングインタビューを紹介したいと思う。


[ムジカノーヴァ 2008年] 


 ウィーンで生まれ、ウィーンの伝統的な奏法を守り、ウィーン特有のおだやかさ、かろやかさ、そして気高さを音楽に盛り込んだ演奏で定評のあるパウル・バドゥラ=スコダが、11月に「80歳記念世界ツアー ウィーンからの風」と題したリサイタルの一環として、東京で2つのプログラムを披露した。


1031日に東京オペラシティコンサートホールで行われたリサイタルは、まずバルトークの「組曲作品14」からスタート。民族的な色彩を決して前面には出さず隠し味のような雰囲気を持たせ、テンポの異なる4つの楽章を精妙な音で紡いでゆき、最後はゆったりと余韻を残して終わらせた。次いでJ.S.バッハの「イタリア協奏曲へ長調BWV971」が登場。完璧なる脱力により、ひとつひとつの音がクリアに自然な響きとなって聴き手へと届けられる。そして前半の最後は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番変イ長調作品110で締めくくられた。ここでは、ベートーヴェンと長年対峙し、研究し、作品の内奥へとひたすら迫る、バドゥラ=スコダの作曲家と作品への深い尊敬の念が全編に満ちあふれていた。

 しかし、この日もっとも印象深かったのは、後半に演奏されたシューベルトのピアノ・ソナタ第20番イ長調D959。バドゥラ=スコダは、作曲家が最後の年に書いた、この幻想的でドラマティックで華やかなテクニックを駆使した、ソナタのなかでは例外的に明るい表情を持った作品を、実に楽しそうに、また自然な響きで聴かせた。そこには、ピアノを弾くことがたまらなく楽しい、といった思いが詰まっていた。彼は演奏中、決して大きな身振りをするわけでもなく、背筋をスッと伸ばした姿勢で淡々と弾き進める。しかし、その音は声となり、語りとなり、意思を明確に表現していた。

「この年で世界各地で演奏できるなんて、まさに驚きです。みなさんも年齢を聞いて驚かれるでしょうが、いまこうして演奏できることに、一番驚いているのは私自身なんですよ。私の生活は、毎朝、神に感謝することから始まります」

 バドゥラ=スコダはインタビューの間中、終始おだやかな笑みを見せながら、その演奏と同様に淡々と、しかしながら相手に自分の考えをじっくりと伝えるよう、ひとつひとつの言葉を選びながらゆったりとしたテンポで話し続けた。

「私は昔から年間2つから6つのプログラムを作るようにしています。それは大きく分けて2種類あります。ひとつは、音楽を常に聴いている人に向けてのプログラムで、ヨーロッパではしばしばこじんまりとしたサロンなどで演奏されます。こうした場所では、ひとりの作曲家の作品にしぼるようにしています。その作曲家の作品を深く味わうことができるよう、時代や作風を考えて選曲します。たとえば、ベートーヴェンのピアノ・ソナタのいくつかを厳選したり。もうひとつは一般向けのプログラムで、これにはさまざまな作曲家の作品を組み込むよう心がけています。そして私が常に盛り込むのは、20世紀の作曲家の作品。残念ながらまだ21世紀の作品は演奏する機会に恵まれていませんが、そうした新しい作品を演奏することに大きな意義を見出しています」

 プログラムを考える作業は、大変な時間を要するもので、いつも頭を悩ませるという。どんな作曲家を選ぶか、どの作品を弾くか、いかにしたら聴衆と音楽の楽しさを分かち合うことができるか、それらをすべて考慮して決める。今回のプログラムのもうひとつは、モーツァルトの幻想曲ハ短調K475やピアノ・ソナタハ短調K457を中心とした、オール・モーツァルト・プロである。

「私は幸いなことに、子どものころからモーツァルトやベートーヴェン、シューベルトなどの作品を身近に感じることができる環境で育ちました。ウィーンの図書館には、そうした作曲家のさまざまな直筆や資料が残されています。貴重な遺産に触れる機会が多く、偉大な作曲家が残したそれらのオリジナル楽譜を見ることで、のちに出版された楽譜との違いを見つけることができます」

 その話は、シューベルトへと自然な形で歩みを進め、シューベルトの作品の録音を数多く行い、楽譜の校訂も行っているバドゥラ=スコダのシューベルト観へと移っていった。

「シューベルトは旋律の巨匠だと思います。オペラも作曲しましたが、やはり歌曲がすばらしいですね。私は子どものころからシューベルトの歌曲を数え切れないほど多く聴いてきました。言葉と音楽の見事な関連性、それぞれの組み合わせのなんとすばらしいこと。そして歌曲のピアノ伴奏の役割もまた非常に重要な地位を占めています。ピアノは単なる伴奏楽器ではなく、言葉で表現している概念、歌詞が持っている概念の雰囲気を音で表現しているわけです。詩と音楽が対等な扱いで書かれている。オペラでは、ワーグナーがオーケストラにその役割を持たせ、歌との融合を図りましたが、まさにシューベルトはこのふたつ、詩と音楽の響きの融合が大切です」

 もちろん、ピアノ・ソナタにおいても、シューベルトは旋律美が際立つ。それを美しく表現するためには、何が必要になるのだろうか。

「シューベルトのピアノ・ソロ作品の場合、弾きながら歌わなければなりません。もちろん声を出す必要はなく、心のなかで旋律をずっと歌っていればいいのです。私はソナタも即興曲も、いつも全部歌いながら弾いていますよ。バッハもいっているでしょう。歌うように弾きなさいと。モーツァルトもカンタービレと随所に書き込んでいます。その美しい歌心を持つ作品を書いた頂点に、シューベルトがいるように私には思えるのです」

 バドゥラ=スコダは、シューベルトの話をしだすと、顔の表情が心なしかなごむような気がする。そして言葉のトーンがやわらかく流れていくように変わり、抑揚も変化していく。やはり、シューベルトという作曲家は、話をしていても、音楽家に歌心を持たせるのだろうか。

「シューベルトの直筆を見ると、とても興味深いことに気づくんですよ。どうやってインスピレーションを得たのか、天から音楽が降ってくるような感じだったのを、どうやって書き留めたのか。そのスピードがリアルに映し出されていて、とてもおもしろいんです。シューベルトはあまりにも次々に音楽が湧きすぎて、譜面に起こす作業が追いつかなかった様子が見て取れる。まず、ざっとラフを書き、それを手直ししながらきちんとした譜面に書き上げ、最後に清書をしているわけですが、この清書に結構ミスがあるんですよ。ずっと手書きのプロセスを追いかけていくと、それが見えてくるわけです。ねっ、おもしろいでしょう」

 相手の反応を見るように、そのおもしろさを懸命に説明しようとするバドゥラ・スコダ。彼は学者肌でありながら、茶目っ気ものぞかせる。そういうときの目はいたずらっ子のようだ。この好奇心が健康と若さの秘訣かもしれない。

40年前、ニューヨークの個人コレクターにシューベルトの即興曲作品142の手書き楽譜を見せてもらったことがありますが、そこからはシューベルトの性格が立ち上ってくるような感じがしました。人間性が見えたのです。ピアノ・ソナタ第20番のスケルツォでは、まちがいを見つけてしまいましたよ。7小節と8小節のところで清書ミスがあるんです。私は一番最初に書かれた音を知っていたので、ミスに気づいたわけです。世界中で初めてそれに気づいた人間かもしれない。うれしいですねえ(笑)」

 こうした地道な研究と分析が楽譜の校訂へとつながっている。バドゥラ・スコダは、歴史的な楽器のコレクションを多く所有していることでも知られるが、現在はそれらをリンツ近くの城に移した。作品が生まれた時代のこうした楽器を弾くことで、作曲家が求めていた「美しい響き」を肌で感じることができ、モダンピアノで演奏するさいにも、その響きを想像することができるという。そのモダンビアノによる究極の美しい響きを聴かせたのが、ほかならぬ恩師であるエドヴィン・フィッシャー。

「若いピアニストやピアノを勉強している人、ピアノ好きの人たちには、ぜひフィッシャーの録音を聴いてほしいですね。とりわけシューベルトはすばらしいですから。シューベルトのすべてが理解できると思います。シューベルトは強弱の幅もとても広い。あれほど広いデュナーミクの幅の持ち主は、20世紀に入ってからのベルクやリゲティあたりにならないと見当たりません。これが演奏する上での重要な鍵ともいえます」

 これまで60年におよぶ演奏活動において、数多くの録音を行ってきたバドゥラ=スコダだが、今後は過去に日の目を見なかった録音のリリース、著作の見直しとまとめ、そしてモーツァルトのピアノ協奏曲全曲を当時の楽器を用いて弾き振りし、カデンツァと装飾音もその時代の奏法を取り入れ、すべてをCDとDVDに残したいと夢を語る。先日、フランスでは80歳を記念した「音楽家であること」という本も出版された。

 バドゥラ=スコダの茶目っ気は、撮影のときにも顔をのぞかせた。彼は真面目な表情のあと、突然「リスト!」と叫んで胸をそらし、威厳に満ちた横顔でものまねをして見せ、その場に居合わせた人たちを笑わせて喜んでいた。ウィーン人ならではのユーモア、ウイット、そしてサービス精神。できることなら一日中練習していたいという真摯な面とピュアな遊び心。それが音楽に映し出されている。彼は各地のマスタークラスで、弟子たちにいつも言う。

「一日、26時間練習しなさい!」

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posted by 伊熊よし子 at 22:43 | 親しき友との語らい

中村太地

  本日、ヤマハのWEB音遊人に中村太地の記事がアップされた。


 ぜひ、読んでくださいね。
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posted by 伊熊よし子 at 22:54 | 親しき友との語らい

斉藤雅広

  ピアニストの斎藤雅広とは、長いおつきあいである。
  今日は久しぶりにお会いし、「ぶらあぼ」のインタビューを行った。
  今回のテーマは、10月にリリースされる「83年のリサイタル」(ナミ・レコード)というアーカイヴの第3作に関してと、10月10日から13日に開催される福山国際音楽祭に関して。
  斉藤さんのアーカイヴ・シリーズ第3弾は、1983年4月5日にイイノホールでライヴ収録された音源。プロコフィエフ、ベートーヴェン、フランク、リスト、ショパンの作品がぎっしり詰まった録音で、当時24歳だというが、実に堂々とした力強く地に足の着いた演奏。最近では、こういう演奏をするピアニストはちょっと見受けられない。
  その感想を述べると、斉藤さんは当時の状況や自身の奏法、憧れのピアニスト、プログラムについて、現在のピアニストたちとの演奏の違いなど、さまざまなことを雄弁に語り出した。
  彼の話は、率直で飾らない。あたかも直球を投げるような潔さがあり、私はいつもその語り口に彼の音楽を重ね合わせる。
  福山国際音楽祭に関しては今年が第2回目で、さまざまな人との室内楽での共演、いろんなプログラムの演奏が組まれているという。
  この音楽祭は、お祭り的な意味合いはあまり強くなく、本当に音楽が好きで、じっくり演奏を聴く人たちが会場を埋め尽くすという。
  土地柄もよく、食べ物もおいしく、人々は熱心。話を聞いているうちに、一度ぜひ取材に行きたいと思うようになった。
  今日の写真は、インタビュー後のリラックスした斉藤雅広。
  今週はいいことがあまりなく、何をやってもうまくいかず、落ち込む日々が続いていたが、彼の笑顔に救われた感じがした。演奏もそうだが、人を元気にさせてくれる人である。

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posted by 伊熊よし子 at 21:59 | 親しき友との語らい
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