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アレクサンドル・タロー

 フランスの個性派ピアニスト、アレクサンドル・タローには、初来日のときからたびたびインタビューを行っている。
 最初のころは、とてもシャイで気難しく、口も重く、あまりインタビューは好きではないというタイプに見えた。
 それゆえ、話を聞き出すのに、結構苦労した思い出がある。
 ところが、あるとき、心の通い合った共演者であるチェロのジャン=ギアン・ケラスと一緒にインタビューするという機会を得た。
 すると、タローの様子が一変したのである。
 まあ、よくしゃべる、笑う、はじける。ふたりの掛け合いはまるで漫才のようで、本当に仲がいいということがリアルに伝わってきた。
 ケラスは、「私たちは、お互いに鏡を見ているような感じなんだよ。すごく似ている面が多くて、笑っちゃうくらい」といい、タローも「確かにふたりで演奏しているんだけど、ひとりで演奏しているように聴こえると思う」といった。
 このとき、タローはかろやかにバレエも披露してくれたのである。もちろん、冗談でケラスと踊っていたのだが…。
 カメラマンは大喜びで、シャッター音が鳴り響いた。
 あれから何年か経ち、タローはいまやフランスきっての個性派ピアニストとしての地位を確立。ラモーからクープラン、J.S.バッハ、スカルラッティ、ラヴェル、ドビュッシー、プーランク、サティまで幅広いレパートリーを、特有の美学に基づいた選曲、解釈、表現で演奏。録音も行い、それぞれ高い評価を得ている。
 タローの新譜は、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」(ワーナー)。これはライナーノーツも担当したため、今日のインタビューでは、あらゆる角度からこの作品に関しての質問を試みた。
 インタビューは、私のHPの「音楽を語ろうよ」に掲載する予定である。
 タローは4年間スケジュールを調整し、ようやく1年間のサバティカルを取って、「ゴルトベルク変奏曲」と向き合ったという。
「私はさまざまな土地を旅し、その土地で作品を深め、自分の感性を磨き、バッハの神髄へと近づいていったのです」
 現在のタローは、とても真摯にじっくりとことばを選びながら、かなり雄弁に話すようになった。
「ゴルトベルク変奏曲」は、終わりのない旅であり、自分自身もずっと弾いていく作品だと確信していると語った。 
 今日のインタビューで、もっとも興味深かったのは、タローのレパートリーの根幹を築くことになり、ピアニストとして大きな影響を受けたというフランスのピアニスト、マルセル・メイエ(1897?1957)の話だ。
 彼女の録音を初めて聴いたのは20歳のときで、衝撃を受けたとのこと。以来、マルセル・メイエの録音をすべて集め、いまでもそれを糧にしているそうだ。
 この話にとても興味を惹かれた私は、あれこれ質問したのだが、タローは「じゃ、次の来日のときにまたインタビューにきてよ。そして、マルセル・メイエについて1時間ずっと話さない?」と、とてもユニークな提案をしてくれた。
 それまでに、私はマルセル・メイエに関してしっかり調べなくてはならないし、録音も探して聴き込んでおかなくては。
 インタビューでは、こういう新たな発見があるのがとてもうれしい。彼は、メイエの録音に文章を寄せているという。
 今日聞いた話は、「音楽を語ろうよ」で詳しく紹介します。お楽しみに。
 写真は、インタビュー後のタロー。彼は私が「あまり照明が強すぎて、顔に影が出ちゃってうまくいかないわ」とブツブツいっていると、「どれ、貸して」といって自撮りを始めた。
 それはちょっとピンが甘かったため、やはり私が撮影した方を掲載します。


 
 
タグ:"Yoshiko Ikuma"
posted by 伊熊よし子 at 22:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 終わりよければ…取材奮闘記

キット・アームストロング

 昨日のキット・アームストロングのインタビューは、非常にスリリングだった。まず、待ち合わせ場所やその時間、移動中にどのくらいインタビューの時間がとれるのかなど、いろんな不確定要素を徐々にクリアし、ついに本人と一緒に大きめのタクシーに乗り合わせることができた。
 さて、インタビューが始まると、とても真摯に雄弁に一生懸命話してくれ、タクシーを降りて羽田空港に着いたら、「まだ続きを話したい」といわれた。
 というわけで、彼らのチェックイン終了後、カフェに直行。そこでまたいくつか質問をし、結局かなりの時間を過ごすことができた。
 とても内容のあるインタビューとなり、やれやれ、ホッとひと息。
 このインタビューは、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に2回に分けて書く予定にしている。
 ここからすぐに次のインタビューへと向かい、合間に軽くランチをし、今度はヴァイオリニストの奥村愛に話を聞いた。
 昨日は夜になって親戚の訃報が入り、それからは兄弟姉妹の間で電話が行き交い、夜遅くまで大変なことになった。
 本当にいろんなことがあった、長い一日となった。
 今日の写真は、羽田空港のカフェで撮ったキットくんの1枚。本当の天才で、その子ども時代の話は唖然とするくらい衝撃的だった。
 なんとか、その真実に迫る記事を書きたいと思う。

タグ:"Yoshiko Ikuma"
posted by 伊熊よし子 at 23:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 終わりよければ…取材奮闘記

東儀秀樹

 東儀秀樹には先日「TFC55」のコンベンションで会ったばかりだが、今回はUCカードの会員誌「てんとう虫」の取材のために自宅に伺った。
 実は、このインタビューは、「てんとう虫」の編集者のHさんが私のヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」の記事を読み、原稿依頼をしてくれたもの。先週の「TFC55」のMCを担当した後、彼に初めて会って打ち合わせをし、すぐにインタビュー日が決定したわけである。
 東儀秀樹には何度かいろんな媒体で話を聞いているが、最初から非常によく話してくれる。だが、何度か会ううちにより雄弁になり、今日も新譜の「hichiriki romance?好きにならずにいられない」(ユニバーサル)から、2015年2月21日に行われる八ヶ岳高原サロンコンサートまで、一気に話が進んだ。
 インタビューというのは、ここからが勝負である。
 録音やコンサートの話題がひと区切りついたところで、私はいつもその人の舌をよりなめらかにする話題へと流れを進めていく。
 東儀秀樹の場合は、とにかく好奇心が強くて多趣味。その趣味たるやクルマやギターに凝ることから各地の民俗楽器を集めること、器用ゆえに多彩な創作物を生み出すことまで、まさに百花繚乱。
 私がちょっと興味を示すと、すぐに「そうそう、この間これ作ったんだけど」といいながら、次から次へと創作品をもってきてくれる。
 彼は自身もいうように「完璧主義者」。趣味の手仕事もハンパではない。ペットボトルで作ったクルマのミニチュアなど、まさに芸術品である。
 趣味の話が延々に続きそうだったため、ここで撮影に移り、その後ずっと続けている八ヶ岳でのリサイタルの話などを聞いて、終わりとなった。
 私も何度か八ヶ岳高原高原音楽堂にはいったことがあるが、自然に囲まれたところでゆったりと音楽を聴くと、至福の時間を過ごせる。話を聞いているうちに、心は高原の音楽堂へと飛んでしまった。
 インタビュー後、編集関係の人やカメラマンと一緒にお茶をしながらいろんな話をしたが、みんなクラシックのアーティストを取り上げることに大きな興味を示してくれた。
 カード誌は出版部数が多いから、いろんな人が読んでくれる。クラシックのアーティストを取り上げてほしいと思い、さまざまなアーティストのことを話した。
 今日の写真はインタビュー後の東儀秀樹。ダンボールで作ったギターを抱えてパチリ。このギターに色を塗ったのは、小学校2年生の息子さんだそうだ。何でも器用にこなしてしまう彼だが、「子どもの創造力の豊かさにはかなわない」と、このときばかりは脱帽という表情をしていた。


タグ:"Yoshiko Ikuma"
posted by 伊熊よし子 at 23:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 終わりよければ…取材奮闘記
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