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メナヘム・プレスラー

 メナヘム・プレスラーの演奏を聴くと、自然に涙があふれてくる。
 彼の93年の人生がそのピアノには色濃く投影され、音楽ひと筋に生きてきた真摯な姿勢が、音楽からストレートに伝わってくるからである。
 昨日はサントリーホールでリサイタルがあり、ヘンデル、モーツァルト、ドビュッシー、ショパンの作品が演奏された。いずれも楽譜を置いての演奏で、前回の来日時よりも音量は小さくなったが、表現力はさらに深くなり、心に響くものだった。
 ステージに登場するときも去るときも、娘さんが寄り添って一歩一歩杖をつきながらゆっくり歩き、しばし立ち止まっては聴衆の方を向き、感謝の意を表していた。
 実は、先日、サントリーホールに仕事にいった折、偶然プレスラーに楽屋口で会った。
「おお、しばらく。元気かい?」
 ああ、覚えていてくれたんだ。前回の来日時にインタビューをしたのだが、そのときに「また、すぐ会おうね」といってくれたものの、体調を崩して来日がキャンセルとなった。
 病気が癒え、今回の来日が可能になった。私は首を長くして、プレスラーの来日を待っていたのである。
 リサイタルは、滋味豊かで、ひとつひとつの音が心に染み入るものだったが、とりわけ最後のアンコールに登場したドビュッシーの「月の光」が秀逸だった。
 薫り高い弱音に終始し、色彩感豊かで、会場はひとつの音も聴き逃すまいと、シーンと静まりかえった。みんな涙腺がゆるくなったようだ。
 本当はインタビューをしたいのだが、体調を考えると無理かもしれない。ただ、ひたすら話を聞くことができるのを祈るばかりである。
 今日の写真は、終演後のワンショット。温かな目の光が忘れられない。

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posted by 伊熊よし子 at 23:35 | 巨匠たちの素顔

クルト・モル

 ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場が、クルト・モルの訃報を発表した。
 クルト・モルはドイツの著名なバス歌手。1938年4月11日ケルン近郊で生まれ、モーツァルトやワーグナーのオペラで活躍した。亡くなったのは、3月5日、享年78。
 ザルツブルク音楽祭やバイロイト音楽祭で個性的な歌声を披露し、演技力もすばらしかった。2006年に健康上の理由により、惜しまれつつ引退している。
 最後の舞台となったのは、バイエルン国立歌劇場のワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」だった。
 クルト・モルの歌声で忘れられないのは、カルロス・クライバー指揮ウィーン国立歌劇場によるR.シュトラウス「ばらの騎士」である。1994年3月のウィーン公演と、同年10月の東京公演のふたつを聴くことができた。
 これはフェリシティ・ロット、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター、バーバラ・ボニー、クルト・モルという当時考えられる最高のキャストが組まれた公演で、日本でも語り草となっている。
 2回とも、いまなお忘れえぬ深い感銘を受けた公演だったが、実は、クルト・モルに関しては、こんな思い出がある。
 来日公演が行われている時期、FM誌の編集担当者と彼らが宿泊しているホテルに出向き、仕事をしていたのだが、ロビーで待ち合わせをしていると、クルト・モルの姿が見えたのである。
 彼は夫人を伴い、上質のスーツ姿で立ち話をしていたのだが、圧倒的な存在感を放っていた。
 いつもオペラでは、コミカルなオックス男爵を演じ、うたう姿しか見ていないため、その知性的で凛としたたたずまいには、惚れ惚れとしてしまった。
 そうか、素顔はこういう人なんだと驚いた覚えがある。
 私はその直後、会う人ごとにクルト・モルの話をし、「すっごい素敵よ」といい続けたものだ。
 インタビューをする機会はなかったが、できることだったら話を聞きたかった。
 でも、あのインテリジェンスで男性的で包容力のある雰囲気は、いまだはっきり脳裏に焼き付いている。
 クルト・モルは深々とした低音の響きを聴かせたが、演技力も見事だった。フォン・オッターとのやりとりは、残された映像を観るたびに笑いがこみあげる。
 ご冥福をお祈りします。
タグ:"Yoshiko Ikuma"
posted by 伊熊よし子 at 22:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 巨匠たちの素顔

ルドルフ・ブッフビンダー

 今日、ルドルフ・ブッフビンダーの「アーティスト・レシピ」を公開した。ぜひ、見てくださいね。 
 私はブッフビンダーのピアノが大好きなのだが、彼はインタビューは、かなりしにくい人である。
 まず、作品論をあまり語ろうとしない。そういうことはもうあらゆるメディアで出尽くしているから自分がいまさら、という考えだ。
 それでも、なんとか新譜に関する考えとか、録音の内容などを聞き出そうと試み、四苦八苦していると、突然、饒舌になる。
 それは、楽譜の版に関する質問をしたときである。
 ブッフビンダーは完璧主義者で、ひとつの作品を演奏するときにはいくつもの版を研究し、明らかなミスプリントがあると、楽譜の出版社に訂正を申し出るという。
 しかし、出版社はなかなか応じようとしない。
「ですから、私は自分が調べ上げた作曲家の自筆譜の音符や記号をすべて提示して、ここがこうまちがっている、作曲家の真意はこうだと説明するのですが、相手はなかなか耳を貸そうとしない。いまさら面倒だと思っているのでしょう。でも、それでは作曲家に敬意を表することにはならないし、明らかなまちがいがあるのですから、訂正すべきです」
 ブッフビンダーは、この話題になるとにわかに表情が変わり、雄弁になり、熱弁をふるうために顔が真っ赤になっていく。
 こうした作曲家への真摯な思いとたゆまざる研究が、あの聴き手の心を震わせる演奏を生むのである。
 記事にも書いたが、10月にはまた来日し、ブラームスを演奏する。ブッフビンダーはブラームスのピアノ協奏曲も作曲家の自筆譜を所有しているそうだ。
 さて、どんなブラームスが生まれるだろうか、ひたすら楽しみだ。
タグ:"Yoshiko Ikuma"
posted by 伊熊よし子 at 23:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 巨匠たちの素顔
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