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ロイヤル・ストックホルム・フィル&辻井伸行

 3月12日に指揮者のサカリ・オラモにインタビューし、今回のロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演について話を聞いたが、今日はその公演がサントリーホールで初日を迎えた。
 プログラムはスウェーデンの女性作曲家、ヘレーナ・ムンクテル(1852〜1919)の「交響的絵画《砕ける波》」からスタート。オーケストラが海や波を絵画的に表現する作品で、この曲を聴いただけでロイヤル・ストックホルム・フィルの現在の音楽の充実ぶりが理解できた。
 オーケストラは、指揮者によっていかようにも音楽が変化する。サカリ・オラモはこの1902年創立の「ノーベル賞のオーケストラ」として知られるロイヤル・ストックホルム・フィルの未知なる可能性を導き出し、それを存分に発揮できるよう尽力したようだ。
 マエストロは、インタビュー時に「今後は定期的に、このオーケストラとスウェーデンの女性作曲家の作品を紹介していきたいと思っている」と語っていた。今回のムンクテルはその第一歩である。
 次いで、辻井伸行がソリストに迎えられ、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」が演奏された。辻井伸行は、「皇帝」をさまざまな指揮者&オーケストラと共演を重ね、内容、奏法、表現、解釈を深めてきた。今日は存分に力が発揮できる指揮者&オーケストラとの共演とあって、演奏はみずみずしく、自由闊達で、のびやかだった。
 私は「皇帝」の第2楽章をこよなく愛しているが、今日の演奏もじっくりと味わい、その作品のすばらしさに新たな感動を得た。
 後半はチャイコフスキーの交響曲第5番が演奏された。
 終演後、楽屋で辻井さんに会い、「やっぱり《皇帝》の緩徐楽章は最高ですね」というと、「ホント、弾いていてぼくもあまりにも美しい旋律に感激してしまいます」といっていた。
 今日の写真は、終演後のワンショット。

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posted by 伊熊よし子 at 23:33 | クラシックを愛す

デア・リング東京オーケストラ デビュー

 今日は、西脇義訓指揮デア・リング東京オーケストラのデビュー公演を聴きに、三鷹市芸術劇場「風のホール」に出かけた。
 先日、西脇さんにインタビューしたことはブログに綴ったが、このオーケストラはいろんな意味で画期的な内容を備え、新しい響きを探求している。
 プログラムはモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲からスタート。オーケストラのメンバーはヴァイオリン、ヴィオラの全員が立って演奏。西脇さんも聴衆の方を向いて指揮をするスタイルだ。
 次いでメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」が演奏された。この弦楽器が立って演奏する方式は、メンデルスゾーンがライプツィヒ・ゲヴァントハウスの指揮者を勤めていた時代に倣っているという。
 後半は、オーケストラのメンバーである森岡聡がソロを務めるベートーヴェンの「ロマンス ヘ長調」(指揮者なし)が演奏され、この日のメインであるベートーヴェンの交響曲第7番が登場した。
「風のホール」は木造りの室内楽に向いているホールだが、デア・リング東京オーケストラの40名編成のオーケストラのおだやかで親密的な響きによく合い、やわらかな音色がホールをふんわりと包み込んだ。
 2時間を超すコンサートとなったが、最後にアンコールが1曲プレゼントされた。J.S.バッハの「マタイ受難曲」から「コラール」である。これがすこぶる敬虔で神秘的で透明感あふれる演奏。なんだか心が浄化する思いに駆られた。
 この公演評は、いくつか雑誌やWEBに書く予定になっている。 
posted by 伊熊よし子 at 23:46 | クラシックを愛す

ネルソン・フレイレ

 8月1日、すみだトリフォニーホールにネルソン・フレイレのピアノ・リサイタルを聴きに行った。
 昨年の夏も来日し、得意とする作品で心に響く演奏を聴かせてくれたが、今回は前半にベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」、第31番をもってきて、円熟した手法のベートーヴェンを披露した。
 後半はブラームスの「4つの小品 作品119」からスタート。滋味豊かな情感あふれるブラームスで、淡々と流れる旋律が心に染み入る。次いでドビュッシーの「映像」第1集より「水の反映」、第2集より「金色の魚」が色彩感豊かに奏でられ、最後はアルベニスの組曲「イベリア」第1集より「エボカシオン」「ナバーラ」でエキゾチズムあふれる響きをホールいっぱいにただよわせ、終幕した。
 鳴り止まぬ拍手に応えてアンコールは、パデレフスキの「ノクターン」、グリーグの「抒情小曲集」より「トロルドハウゲンの婚礼の日」、ヴィラ=ロボスの「ブラジルの子供の謝肉祭」より「小さなピエロの小馬」、グルック(ウガンバーティ編)の「精霊の踊り」の4曲。
 フレイレは「精霊の踊り」を愛奏し、何度か耳にしているが、そのつどあまりにも純粋無垢で美しい弱音に涙がこぼれそうになる。
 実は、昨年のリサイタルの公演評を「公明新聞」に書いた。下記にそれを貼り付けたい。

聴き手の想像力を喚起する音楽 2017年9月13日号

 ネルソン・フレイレは何よりも自由を尊重し、自身の好むことだけをしたいと願い、そのときに弾きたい作品だけを演奏する。7月4日すみだトリフォニーホール(東京・墨田区)で行われたリサイタルでは、以前のインタビューで「いまもっとも弾きたいのはバッハ」と話していたJ・S・バッハの前奏曲やコラールで幕開けした。
フレイレの弱音の美しさは敬虔な空気を生み、祈りの音楽をホールの隅々まで浸透させていく。時折、オルガンを思わせる荘厳で肉厚で大規模な音色が顔をのぞかせた。
 続くシューマンの「幻想曲」は楽譜の読みの深さが伝わる円熟した奏法。作品が内包する慟哭の調べ、幻想的で情熱的な曲想、ロマンあふれる詩情豊かな旋律が浮かび上がり、傑作といわれる作品の内奥にひたすら迫っていく。
 フレイレはブラジル出身。次いで登場したヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ」「赤ちゃんの一族」は、祖国の作曲家をこよなく愛す彼の独壇場で、まさに「血で奏でる」自然体のピアニズム、母国語で話すような演奏だった。 
 最後はショパンのピアノ・ソナタ第3番で終幕。作曲家が生きた時代をほうふつとさせる古典的な解釈で、鍵盤をけっして叩かずテンポも実にゆったり。近年よく耳にする、現代のクルマで飛ばすようなアップテンポのショパンではなく、作品が生まれた時代の馬車が行き交うようなテンポの演奏。すべてにおいて作為的なものや余分なものが何もなく、いつしか私の脳裏にはワルシャワ郊外、ジェラゾヴァヴォーラの深い自然に囲まれたショパンの生家が浮かんできた。
フレイレの作り出す音楽は、いずれも聴き手の想像力を喚起する。ヴィラ=ロボスを聴きながら、まだ見ぬブラジルへの憧憬が心の奥にふつふつと湧いてくるのを感じた。

 
posted by 伊熊よし子 at 22:28 | クラシックを愛す
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