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辻彩奈

 J.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ」は、ヴァイオリニストが生涯に一度は全曲演奏をしたいと望み、バイブル的な存在に位置付けている。
 それを21歳で成し遂げたヴァイオリニストがいる。辻彩奈である。
 1月25日、紀尾井ホールで行われた辻彩奈のバッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ」のリサイタルは、2度の休憩をはさんで約3時間。
 辻彩奈は冒頭から凛とした響きでスタート、ソナタ第1番、パルティータ第1番を演奏。休憩後にソナタ第3番、パルティータ第3番を演奏し、再び休憩後にソナタ第2番、パルティータ第2番を演奏した。
 最後の「シャコンヌ」は、堂々たる演奏。全編に大作に挑む意欲的な気持ちが横溢していたものの、けっして憶することなく、一瞬たりとも弛緩することもなく、最後までみずみずしい響きを前面に押し出し、あたかもエベレストの高い頂に勇気をもって登頂していくような潔さを見せた。
 辻彩奈は、2016年のモントリオール国際音楽コンクールの覇者。そのライヴCDのライナーノーツを綴り、デビュー当時からずっとインタビューや取材を続けてきた。
「伊熊さん、私、バッハの無伴奏を全曲演奏することにしたんですよ。来年の1月です。聴きにきてくださいね」
 こういわれたのは、昨年のインタビュー時のことだった。
「えっ、もうその若さで全曲演奏に挑戦するの?」
「ええ、いま猛勉強中です。先生からも弾け弾けっていわれていたんです。いよいよその時が来たな、という感じで…」
 すごいことである。でも、そのときの辻彩奈の表情は、大作に挑む恐れのようなものはまったく見られず、いま弾きたいから弾く、といったごく自然な感じだった。
 この夜のバッハはこれまで聴いてきたどの無伴奏とも異なり、若鮎が清流をぐんぐん泳いで上っていくような活力と情熱と根性を醸し出していた。
 彼女はいまフランスでもレッスンを受け、自身の演奏を磨いている。
 このバッハ、ぜひレコーディングしてほしいと願ってやまない。
 今日の写真は、リサイタルのプログラムの表紙。終演後のCDのサイン会は長蛇の列。私のライナーを読んでくれる人がまた少し増え、うれしい限り…。この公演評は「公明新聞」に書く予定である。

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posted by 伊熊よし子 at 17:25 | クラシックを愛す

ホアキン・アチューカロのショパン

 昨夜のホアキン・アチューカロのリサイタルでは、冒頭のショパン「24の前奏曲」に関し、本人がステージでマイクを握り、「演奏に寄せて」というトークを披露した。
 その内容を紹介してみたい。

 ショパンの「24の前奏曲集」を24個の美しい小さな宝石たちと考える方がいらっしゃるかもしれませんが、私はこの作品を、それらが綿密に連関して崇高な価値を創り出している1つの大きな建造物だと思っております。
 ハ長調―イ短調―ト長調―ホ短調…と、平行短調を間に挟みながら5度ずつ上がっていく調構成で作られたこの美しい建造物において、私が、ショパンの唯一無二の天才性を感じるのは、愛、哀しみ、歓び、憤り、夢、恐怖、郷愁…といった、人間が感じ得るすべての感情が、ここに強烈に刻み込まれているという点であり、また、さらに驚くべきことに、各曲に投影された感情がそれぞれ、前後に連なる曲と大きく隔たりつつも連続していくという見事な構成なのです。
 この作品を、単に24曲の小品の連作集と捉えるのではなく、人間の感情のすべてが刻み付けられた、マーラーの交響曲にも匹敵する巨大な建造物として捉え、曲と曲の間にこそ描かれている感情の移ろいや隔たりにまでじっと耳を澄ませながら、日本のみなさまに、この壮大な旅をご一緒していただければと願っております。
 
 このことば通り、彼のショパンは24曲の全体を俯瞰し、それぞれの曲の個性を生かしながらも、ひとつひとつが有機的なつながりをもって演奏された。
 まさに大きな感情の流れが全編を支配し、最後のニ短調の曲が終わったときには、長い旅路が終わりを告げた感覚に陥った。それを味わうために、またCDを聴き直そうと思っている。
 
 
posted by 伊熊よし子 at 20:56 | クラシックを愛す

牛田智大

 牛田智大とはしばらく会っていなかったが、今日は約2年ぶりに会うことができた。このインタビューは、ヤマハのWEB「ピアニスト・ラウンジ」に書くことになっている。
 昨年、彼は浜松国際ピアノコンクールで第2位入賞に輝いたため、その話を中心に聞いた。
 久しぶりに会う牛田くんはとても雄弁で、ひとつひとつの質問に対して非常に長いセンテンスでじっくり話す。コンクールを受けようと思ったきっかけ、実際に参加して感じたこと、課題曲の選び方、ラウンドが進んでいくことに対する思い、各々の予選と本選で弾いた作品について、新曲に関して、入賞したときの感想などから、いま師事している先生のレッスン、今後のピアニストとしての歩みにいたるまで、さまざまなことを聞くことができた。
 牛田くんは、もう19歳。「くん」などと呼んでは悪いと思うが、デビュー当初から取材を続けている私は、急に「牛田さん」と呼ぶと、なんだか変な感じがしてしまう。
 長い時間、音楽の話が続いたあとに、最近飼うことになった猫の話に移り、ここからは表情が一変。チンチラシルバーのりおちゃんという雌で、まだ1歳にならないとか。りおちゃんの話をするときの牛田くんは、とても幸せそうな顔をしていた。
 なんでも、すり寄ってくる猫ではなく、飼い主に対して知らん顔しているタイプとか。その子を追いかけていくのだが、いつも逃げられるそうだ。
「今後はもっと演奏の質を上げたい」と真剣な表情で語っていた彼が、「りおはペットショップで僕の方も見ずに、向こうの方で知らん顔して寝ていた。そこがよかったんですけどね」というときとは、まったく異なる表情になる。猫ちゃんの引力は強いものなのね。
 今日の写真は、シリアスな面持ちでインタビューに答える牛田くん。もう1枚はピアノの前で。

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posted by 伊熊よし子 at 22:34 | クラシックを愛す
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