2016年03月03日
アレクサンドル・タロー
アレクサンドル・タローのインタビューは、そのつど記憶に残るもので、特にラモーやクープランの録音をリリースしたころのことが印象深い。
そこで「インタビュー・アーカイヴ」の第67回は、タローの登場。ショパンの「ワルツ集」が出たころだった。
[婦人公論 2007年12月22日&2008年1月7日号]
完璧主義者の表現力
チェロのジャン=ギアン・ケラスのよき音楽仲間であり、録音でも共演しているフランスのピアニスト、アレクサンドル・タローが10月末に来日、緻密で成熟したテクニックと、深い表現力に満ちた演奏を披露し、ピアノ好きをうならせた。
1968年生まれ。パリ国立高等音楽院を卒業後、ミュンヘン国際コンクールをはじめとする数々のコンクールに入賞し、ソロ、室内楽の両面で活躍するようになる。
とりわけフランス作品を得意としているが、名前が広く知られるようになったのは2001年にリリースした「ラモー作品集」。18世紀前半にパリで活躍したジャン=フィリップ・ラモーの鍵盤作品を、貴族的でオペラティックな雰囲気をたたえながらも、近代的な奏法、斬新な解釈で演奏、ヨーロッパで「タロー現象」と呼ばれるブームを巻き起こした。
次いでリリースされ、またもや人々に衝撃を与えたのは、ラモーと同時代にパリで活躍したフランソア・クープランが、クラヴサン(チェンバロ)のために作曲した「クープラン作品集」。この両者の作品を来日公演でも披露、美しく繊細なタピストリーを織り込んでいくような、熟練した職人芸とも思えるピアニズムを聴かせた。
「ルイ王朝時代の楽器は現代のピアノとはまったく響きが異なるため、アプローチを変えなくてはなりませんが、弱音の出しかた、やわらかな音の表現など、学ぶべきことは多い。最初はもちろんどう表現したらいいかわからず、とまどうことも多かったのですが、徐々に作品の奥深さに魅了され、のめりこんでいきました」
タローの奏法は、完璧なるテクニックが根底に存在し、その上に多彩な色彩と自由に彩られた音色が躍動感をもってちりばめられている。リズム、タッチ、フレーズの作り方が実に個性的で、装飾音がきらびやかに、ナイーブな感覚を伴って舞い踊っている感じである。
まさに大人の音楽、ピアノを聴き込んだ人たちが、さらなる刺激と感動を求めて聴くピアノである。その成熟度が遺憾なく発揮されたのが、アンコールで演奏されたショパンのワルツだった。これもすでに録音されている。
「子どものころからずっとショパンを愛してきました。ところが数年前、クープランの楽譜と出合い、両者の音楽にさまざまな類似点があることに気づいたのです。ふたりともからだが弱く、生きる希望を作品に託した。大音響の音楽ではなく、気品あふれる繊細な響きで鍵盤をうたわせるような作品を書きました。これらの響きがドビュッシーらのちの世代の音楽家に大きな影響を与えています。私は昔からピアノを人間の声のようにうたわせたいと考えてきましたから、彼らの曲作りの基本精神に共鳴したんです」
タローの話しかたも、演奏同様の静けさと繊細さと流れるようなある種のリズムを持っている。そして、気難しさも随所に顔をのぞかせる。
完璧主義者ゆえの苦悩がそこには感じられる。次なる録音はショパンの「24の前奏曲」だそうだが、録音に関しては楽しさは味わったことがないという。
「録音というのはその瞬間の音楽を切り取ったもの。リリースされたらもうやり直しはきかない。もっとああすればよかった、と常に痛みが伴うものなのです。ひとつのレコーディングが終わってリラックスし、幸福な時間が訪れるかと思うと、けっしてそうではない。CDが店頭に並んだとき、それはもう私の手から離れ、すぐに次なるプロジェクトの準備にかからなくてはならないんです」
そんな彼のほんの少しの幸福な瞬間は、プールで泳ぐとき。いずれの地でも週に3回は泳ぐ。
「無の状態になれるから。音楽以外にこれといった趣味もないので、プールが友だちです(笑)」
もうひとつ、タローを特徴づけているのは自分のピアノをもたず、友人の楽器から楽器へと渡り歩いて練習していること。
「この方が集中できるんです。弾きたくてたまらなくなるから。愛しい人に会いたい気持ちと同じです」
今回のインタビューでも、この練習するピアノを求めてあちこち渡り歩く話になった。そこには、思いもかけない場所が登場し、とても興味深かった。少し先の「音楽を語ろうよ」で、紹介します。
今日の写真は、2007年から2008年にかけての雑誌の一部。彼は最初に会ったときからまったく体形が変わらない。聞くところによると、常に57キロをキープしているそうだ。
そこで「インタビュー・アーカイヴ」の第67回は、タローの登場。ショパンの「ワルツ集」が出たころだった。
[婦人公論 2007年12月22日&2008年1月7日号]
完璧主義者の表現力
チェロのジャン=ギアン・ケラスのよき音楽仲間であり、録音でも共演しているフランスのピアニスト、アレクサンドル・タローが10月末に来日、緻密で成熟したテクニックと、深い表現力に満ちた演奏を披露し、ピアノ好きをうならせた。
1968年生まれ。パリ国立高等音楽院を卒業後、ミュンヘン国際コンクールをはじめとする数々のコンクールに入賞し、ソロ、室内楽の両面で活躍するようになる。
とりわけフランス作品を得意としているが、名前が広く知られるようになったのは2001年にリリースした「ラモー作品集」。18世紀前半にパリで活躍したジャン=フィリップ・ラモーの鍵盤作品を、貴族的でオペラティックな雰囲気をたたえながらも、近代的な奏法、斬新な解釈で演奏、ヨーロッパで「タロー現象」と呼ばれるブームを巻き起こした。
次いでリリースされ、またもや人々に衝撃を与えたのは、ラモーと同時代にパリで活躍したフランソア・クープランが、クラヴサン(チェンバロ)のために作曲した「クープラン作品集」。この両者の作品を来日公演でも披露、美しく繊細なタピストリーを織り込んでいくような、熟練した職人芸とも思えるピアニズムを聴かせた。
「ルイ王朝時代の楽器は現代のピアノとはまったく響きが異なるため、アプローチを変えなくてはなりませんが、弱音の出しかた、やわらかな音の表現など、学ぶべきことは多い。最初はもちろんどう表現したらいいかわからず、とまどうことも多かったのですが、徐々に作品の奥深さに魅了され、のめりこんでいきました」
タローの奏法は、完璧なるテクニックが根底に存在し、その上に多彩な色彩と自由に彩られた音色が躍動感をもってちりばめられている。リズム、タッチ、フレーズの作り方が実に個性的で、装飾音がきらびやかに、ナイーブな感覚を伴って舞い踊っている感じである。
まさに大人の音楽、ピアノを聴き込んだ人たちが、さらなる刺激と感動を求めて聴くピアノである。その成熟度が遺憾なく発揮されたのが、アンコールで演奏されたショパンのワルツだった。これもすでに録音されている。
「子どものころからずっとショパンを愛してきました。ところが数年前、クープランの楽譜と出合い、両者の音楽にさまざまな類似点があることに気づいたのです。ふたりともからだが弱く、生きる希望を作品に託した。大音響の音楽ではなく、気品あふれる繊細な響きで鍵盤をうたわせるような作品を書きました。これらの響きがドビュッシーらのちの世代の音楽家に大きな影響を与えています。私は昔からピアノを人間の声のようにうたわせたいと考えてきましたから、彼らの曲作りの基本精神に共鳴したんです」
タローの話しかたも、演奏同様の静けさと繊細さと流れるようなある種のリズムを持っている。そして、気難しさも随所に顔をのぞかせる。
完璧主義者ゆえの苦悩がそこには感じられる。次なる録音はショパンの「24の前奏曲」だそうだが、録音に関しては楽しさは味わったことがないという。
「録音というのはその瞬間の音楽を切り取ったもの。リリースされたらもうやり直しはきかない。もっとああすればよかった、と常に痛みが伴うものなのです。ひとつのレコーディングが終わってリラックスし、幸福な時間が訪れるかと思うと、けっしてそうではない。CDが店頭に並んだとき、それはもう私の手から離れ、すぐに次なるプロジェクトの準備にかからなくてはならないんです」
そんな彼のほんの少しの幸福な瞬間は、プールで泳ぐとき。いずれの地でも週に3回は泳ぐ。
「無の状態になれるから。音楽以外にこれといった趣味もないので、プールが友だちです(笑)」
もうひとつ、タローを特徴づけているのは自分のピアノをもたず、友人の楽器から楽器へと渡り歩いて練習していること。
「この方が集中できるんです。弾きたくてたまらなくなるから。愛しい人に会いたい気持ちと同じです」
今回のインタビューでも、この練習するピアノを求めてあちこち渡り歩く話になった。そこには、思いもかけない場所が登場し、とても興味深かった。少し先の「音楽を語ろうよ」で、紹介します。
今日の写真は、2007年から2008年にかけての雑誌の一部。彼は最初に会ったときからまったく体形が変わらない。聞くところによると、常に57キロをキープしているそうだ。
