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マティアス・ゲルネ

[ヤマハWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」]2014年7月10日

[アーティストの本音トーク マティアス・ゲルネ ?]

 マティアス・ゲルネは、シューベルトの3大歌曲のなかでは、「美しき水車小屋の娘」をもっとも遅く勉強したという。
「私は3大歌曲のうち、《冬の旅》から勉強を始めました。そして《白鳥の歌》へと歩みを進めたのです。なぜ、私が《美しき水車小屋の娘》を最後に勉強したかというと、学生のころから数多くの録音を聴いてきたのがその理由です。それはペーター・シュライヤーであり、フリッツ・ヴンダーリヒであり、またディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのうたうものでした。それらはもちろん名盤と称されるものです。でも、私にとっては、何か違うなという感じがぬぐえなかった。それらをあまりにも聴き過ぎて、自分の解釈というか、切り口が見出せなくなってしまったのです。ですから、容易に取り組めない状態になってしまったわけです」
 ゲルネは、とても心情的に複雑だという表情をした。名盤を聴き過ぎたために、かえってシューベルトの名曲に近づけなくなってしまった。彼はその胸の内を、ことばを尽くして説明してくれたが、これはひとことでいい表すのはとても難しいことである。
「この歌曲集は3つのなかでもっともドラマティックな作品だと思います。これは極端といいかえた方がわかりやすいかも知れません。ドイツ語でいうと、ドラマティックは劇的なという意味合いと同時にはげしさ、究極的な、という意味も含まれます。実は、私は《美しき水車小屋の娘》の主人公の幼稚さに共鳴できなくなってしまったのです。ですから、自分の切り口というか、入口が見つけられなくなってしまったというのが正直な思いです」
 作品にそこまで強い思い入れがあり、自身の感情と向き合い、歌詞の内容を検証していく。そこにはゲルネのリート歌手としてのひたむきな気持ち、誇り、そして完璧主義者ならではの姿勢が見える。
「私は偉大な歌手に師事していますが、彼らとはシューベルトの3大歌曲は勉強していません。シュヴァルツコップともフィッシャー=ディースカウとも、一度もこれらの作品を学んでいないのです。なぜなら、これらのリートは自分で発見し、自分の世界を作り上げるものだと考えているからです」
 ゲルネのことばは確信に満ちていた。彼は演奏もそうだが、語り口にもいっさいの迷いが感じられない。率直でストレートで、明快である。その後、彼は「美しき水車小屋の娘」に取り組むようになり、今回のステージでも披露され、録音も行っている。
「私はシュヴァルツコップやフィッシャー=ディースカウからは、自分自身の感情を前面に押し出すのではなく、あくまでもテキストと楽譜に忠実に従うことの大切さを学びました。楽譜に対しての敬意ですね。その教えがいまでも私の基礎となっているのです」
 
 
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マティアス・ゲルネ

 いま、「タンホイザー」でヴォルフラムをうたっているマティアス・ゲルネは、これまで何度か来日し、そのつどオペラやリサイタルで聴き手の心の琴線に触れる歌声を披露してきた。 
 そこで「インタビュー・アーカイヴ」第75回はゲルネの登場。今日から4回に分けて、全文を紹介したいと思う。

[ヤマハWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」]2014年7月3日


[アーティストの本音トーク マティアス・ゲルネ ?]

 いま、オペラとドイツ・リート(歌曲)の表現者として世界中から熱い称賛の目を向けられているのが、ドイツのバリトン、マティアス・ゲルネである。彼の歌声は弱音の繊細な響き、歌詞の的確な発音、表現力の深さ、作品の内奥を極める洞察力などで知られる。
 今回から4回にわたり、ゲルネの本音トークをお届けしたいと思う。
 マティアス・ゲルネはワイマールに生まれ、やがてライプツィヒでハンス=ヨアヒム・バイヤーに師事して声楽の基礎を学んだ。特筆すべきは、歴史に名を残す偉大な声楽家、エリーザベト・シュヴァルツコップとディートリヒ・フィッシャー=ディースカウに師事したことで、ふたりからドイツ・リートの真髄を学んでいる。
 そのマティアス・ゲルネが、5月に来日公演を行い、紀尾井ホールでシューベルトの3大歌曲連続演奏会―「美しき水車小屋の娘」「冬の旅」「白鳥の歌」を行った。
 ゲルネはこれらの作品をこれまで各地で数多くうたい、録音も行っている。彼はリートの場合、ピアノとの音の融合に重きを置いているが、今回の来日公演でも長年ともに演奏している盟友のピアニスト、アレクサンダー・シュマルツとの絶妙な音の対話を披露し、さらに両者はシューベルトのそれぞれの歌曲集の主人公を浮き彫りにすべく、視覚的な演奏を繰り広げた。
 ゲルネは長年にわたり、シューベルトの3大歌曲の研究を行い、完璧なる美を目指して日夜これらのリートと対峙し、ゲルネにしか表現できない強い個性に裏付けられた歌を生み出すことをモットーとしている。
「私はシューベルトの3大歌曲を単独ではなく、ひとつのかたまりとして続けてうたうことに意義を見出しているのです。ライプツィヒで最初に就いたバイヤー先生は声楽家としてのうたい方を教えるのではなく、何が正しくて何がまちがっているかということを詳しく教えてくれました。ですから、私はいまでもその教えに従い、常に自分が正しいと思うことをしたいと考えています。具体的には、自分がいまもっともうたいたい作品を選び、そのなかで自分を解放し、歌詞の発音、曲の理解を完璧に行いたいと思っています」
 リートのステージでは、各曲の詩に寄り添い、それらの主人公の気持ちになりきり、ピアノ伴奏とは密接なコミュニケーションをとりながらも、あたかもひとり芝居のように身振り手振りを加えながら演技を盛り込んでいく。そこには特有の世界が広がり、ゲルネが編み出す空気が会場全体を満たしていく。
「私が師事したシュヴァルツコップとフィッシャー=ディースカウは、歌詞の母音の発音に対する“色″というものの大切さを教えてくれました。シューベルトもシューマンもマーラーも、それぞれの歌曲にはその作曲家ならではの特別な色彩が潜んでいるのです。私はその教えを忠実に守り、豊かな″色″を自分の声で生み出すようにしています」
 
 今日の写真は、インタビュー後の1枚。からだに厚みがあるのがわかるよね(笑)。この体躯堂々とした全身から、あのやわらかな情感あふれる歌声が生まれ出る。


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posted by 伊熊よし子 at 16:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー・アーカイヴ

クラウス・フロリアン・フォークト

 明日からいよいよ「タンホイザー」が始まる。
 そこで、「インタビュー・アーカイヴ」第74回は、クラウス・フロリアン・フォークトの登場。「タンホイザー」のタイトルロールをうたう。

[日経新聞 2012年6月28日 夕刊]

聴き手を別世界へといざなうテノール、
クラウス・フロリアン・フォークト


 この6月、新国立劇場でワーグナーのオペラ「ローエングリン」が全6回上演された。主役をうたったのは、いまヨーロッパで大ブレイクしているヘルデン・テノール(華麗さと量感をもってオペラの英雄的役割をうたうテノール)、クラウス・フロリアン・フォークト。ドイツ出身の彼はハンブルク・フィルの第1ホルン奏者としてキャリアをスタートさせたが、声のすばらしさを見出され、やがて歌手に転向した。

10年かけて役を磨く

 オペラ歌手として活動を開始したのは1997/98年シーズン。フレンスブルク歌劇場で腕を磨き、やがて国際舞台へと飛翔していく。「ローエングリン」をうたったのは10年前。エアフルトの歌劇場が初めてだった。
「最初はオーケストラとのやりとり、指揮者や演出家の指示など、さまざまな面での対処が難しかった。この役は長時間にわたり声のコントロール、体力、精神面など多くのものを要求されます。ワーグナーは声の色彩、歌詞の発音、ダイナミズムなどすべてにおいて幅広いものを求めて作品を書いています。それを10年かけて一歩一歩経験のなかから会得してきました」
 
チームプレイを好む

 今回の「ローエングリン」では、声の響き、歌詞の表現、演技などあらゆる面で傑出し、聴き手を異次元の世界へと運ぶ幻想的な舞台を作り上げた。10年の成果がそこには宿っていた。
「私のモットーは毎回異なる歌を披露すること。いつも新鮮な気持ちで舞台に臨み、2度と同じ演奏はしません。それがオペラの醍醐味ではないでしょうか。うたっている間は日常生活から切り離され、別世界へと旅に出ているような気分。聴いてくださるかたと一緒に旅に出るわけです。オペラは始まってみないとどんな演奏になるかわからない。その日の調子が物をいうからです。共演者とみんなでひとつの物を作り上げていく、そこに一番の魅力を感じます。私はチームプレイが大好きで、オーケストラで演奏しているときも楽しかったのですが、いまも毎回演奏を心から楽しんでいます」
 フォークトはこれまでモーツァルト「魔笛」のタミーノからコルンゴルト「死の都」のパウルまでさまざまな役をうたってきたが、それらの得意とする役を1枚のCDに収めた。題して「ヘルデン」(ソニー)。ここには本人が何度も口にする、「声と表現の幅広さ」を要求される役が詰まっている。
「私は楽譜に書かれた音符をこまかく見ていくようにしています。付点音符から休符まで、作曲家が意図したことは何かと探求していく。そして呼吸法も大切です。ホルンを吹いていましたから歌手になったときは呼吸法の訓練がずいぶん役に立ちました」 
 来春の「東京・春・音楽祭」では、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のヴァルターをうたう予定。これもフォークトの当たり役である。
「ワーグナーは声のために作られた作品が多い。楽譜に忠実にうたうと、なんと歌手にとって自然な曲なのだろうと感動を覚えます。来年、よりうたい込んだヴァルターを聴いてください」

 このインタビューから、はや5年。そのフォークトが、テノールの難役といわれるタンホイザーに挑む。ワクワクする思いだ。
 今日の写真は、新聞の一部。いつもふわりとした長髪だが、今回の来日記者会見でも、素適なヘアスタイルだった。

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posted by 伊熊よし子 at 18:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー・アーカイヴ
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