ブログ

クラウス・フロリアン・フォークト

 昨日は、「東京・春・音楽祭」の「東京春祭ワーグナー・シリーズvol.9」『ローエングリン』を聴きに、東京文化会館に出かけた。
 今回の主役、タイトルロールを歌うのは、クラウス・フロリアン・フォークトだ。
 昨年9月、フォークトはバイエルン国立歌劇場日本公演でワーグナーの『タンホイザー』のタイトルロールを歌い絶賛されたが、その来日時にインタビューを行い、今回の『ローエングリン』について話を聞いた。
 インタビュー・アーカイヴ第77回はそのフォークトの登場。

ワーグナーを歌い終えた後の達成感は最高です

「ぶらあぼ」2018年1月号

 2017年9月、バイエルン国立歌劇場来日公演で、ドイツの偉大なヘルデン・テノール、クラウス・フロリアン・フォークトはワーグナー『タンホイザー』のタイトルロールを歌い、絶賛された。そのフォークトの次なる日本公演は、2018年3月〜4月の「東京・春・音楽祭」のワーグナー『ローエングリン』のタイトルロール。東京春祭ワーグナー・シリーズのVol.9にあたり、全3幕ドイツ語上演、演奏会形式で、約4時間30分(休憩2回含む)におよぶ。
「オペラの演奏会形式というスタイルは、演出や舞台装置がない分、音楽に集中できます。視覚的要素がありませんから、自分ですべてを作り出していかなければなりません。『ローエングリン』という人物を自分なりの方法で表現し、説得力をもって聴衆に伝えていかなくてはならないのです。でも、そこにはとても自由な裁量が可能となり、私自身はやりがいがあると感じています。音楽がすべてですから、歌に全面的に集中し、『ローエングリン』という役柄を感じ取ってほしいと思います」
 フォークトはこれまで何度も大きな舞台で『ローエングリン』を歌っている。最初にこの役を歌ったのは、2002年ドイツのエアフルト歌劇場だった。ほどなく同役で国際的な評価を得、06年メトロポリタン歌劇場、07年ミラノ・スカラ座、08年ウィーン国立歌劇場、11年バイロイト音楽祭へと歩みを進めている。
「それぞれの公演は演出がまったく異なり、メトロポリタンではローエングリンがつかみどころのない、人工的な人物として描かれました。スカラ座では確固たる構造の演出で、美的な物語となっていました。バイロイトでは近づきがたい人物として演じることになり、私自身新たな発見が数多くありました。いずれの舞台も、歌唱と演技と表現力と解釈などすべてを自分のなかで咀嚼し、その場に合わせたローエングリン像を作り出さねばなりません。それは大変なことですが、また楽しみでもあります。歌うごとに自分のなかで新たなローエングリンが生まれるからです」
 ワーグナーを歌うのは大きな喜びであり、歌い終わった後の達成感は最高だと語る。
「ワーグナーを歌うのはテノールにとってとても名誉なことであり、また常に挑戦を強いられます。歌唱法、表現力、演技力、そして歌詞の発音など、すべてにおいて完璧を求められるからです。『ローエングリン』を初めて歌ったのは15年前ですが、最初はフィナーレまでどうしたら最高の声を維持できるかがわからず、苦労しました。でも、指揮者や演出家が自由に歌わせてくれたため、ひとつひとつの本番で学ぶことができました。いまは、15年前より表現力が増したと感じていますし、作品により近づくことができたと思っています」
 毎回毎回が勝負だという。1回の舞台に全身全霊を傾け、2度と同じ歌は歌えないと。
「そこがオペラの醍醐味ではないでしょうか。生きた音楽、ナマの声、その場だけの臨場感あふれる舞台。そこで私は完全燃焼するわけです。どんな役でもその気持ちは変わりません。役になりきるために周到な準備を怠りませんが、その日の気分や調子で少しずつ表現や歌が変わる。それを楽しんでいるわけです」
 今回、共演する指揮者のウルフ・シルマーとは気心に知れた仲である。
「シルマーさんとはオペレッタで共演し、録音もしています。とても気持ちよく仕事ができましたし、すばらしい体験でした。彼は集中して正確な仕事をする人ですから、信頼感が生まれます。久しぶりに日本で共演するのが、とても楽しみです」
 フォークトは「東京春祭 歌曲シリーズ」の2回のリサイタルにも登場し、ドイツ・リートやオペレッタを歌う。1回目はハイドン、ブラームス、マーラー、R.シュトラウスの歌曲を、2回目は妻であるシルヴィア・グルーガーを迎え、リートからミュージカル『ウエスト・サイド物語』までをデュエットやソロで聴かせる。
「さまざまな歌曲を歌います。長年歌い込んできた曲ばかりです。私はいま、シューベルトの『冬の旅』を歌う準備に入っています。オペラではワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』が視野に入ってきています。ただし、もう少し時間が必要です。まずは、新たな『ローエングリン』を聴いていただきたいと思います」

 まさに昨日の『ローエングリン』は、フォークトの新たな魅力が全開したステージだった。声量も増し、役柄に対する洞察力も深くなり、長丁場のステージを一瞬たりとも弛緩することなく、緊迫感と集中力と情熱が支配する圧巻の演奏だった。
 4月8日には、もう1公演行われる。フォークトは先日のリート・リサイタルでもそうだったが、すべて完全暗譜で、聴き手に語りかけるように、訴えかけるようにうたう。抑制された演技も加わり、まさしくプロフェッショナルという姿勢を貫く。またしても、ヘルデン・テノールの醍醐味を満喫した一夜となった。
 今日の写真は、その雑誌の一部。

y3028_R.JPG
 
posted by 伊熊よし子 at 22:29 | インタビュー・アーカイヴ

ピーター・ウィスペルウェイ

 先日ブログに綴ったように、オランダのチェリスト、ピーター・ウィスペルウェイのインタビューは、とても興味深いものだった。
 そこで、「インタビュー・アーカイヴ」の第76回はウィスペルウェイの登場だ。

[音楽の友] 2008年4月号

 2月3日の日曜日、東京は朝から雪が深々と降る寒い日だったが、紀尾井ホールで行われたピーター・ウィスペルウェイのJ・S・バッハの「無伴奏チェロ組曲」全曲演奏会は、冒頭から静かなる熱気に包まれた。
「この作品は力強く、地に足が着いた精神の落ち着きが見られる一方、生の躍動感がみなぎっています。舞曲を深く理解し、遊び心や歌心などさまざまな要素をバランスよく演奏に盛り込んでいかなければなりません。長年弾いていると解釈、表現は変化してきますが、各々の要素をどう混ぜ合わせるか、どんなカクテルを作り上げるかが重要になります」
 ウィスペルウェイは長年フランス製の楽器を使用していたが、数年前イギリスで発見された「奇跡のチェロ」と称されるグァダニーニの1760年製のチェロを手に入れた。
「以前はバロック・チェロで演奏し、ビルスマ、プリースに師事して基礎をみっちり学びました。でも、あるときイタリアの楽器を無性に弾きたくなった。その衝動が抑えられず、オークションでグァダニーニを手に入れたわけです。ええ、もちろんものすごく高い買い物でしたよ。同じ週に家も買ったんです。クレイジーでしょ(笑)。あとの支払いも考えずにね。今回はこのモダン・チェロでバッハを弾きました。弦や弓の材質はバロック・チェロと異なりますので最初は奏法を会得するのに苦労しましたが、基本スタイルは同じです」
 1月31日には録音で高い評価を得ているドヴォルザークのチェロ協奏曲を披露したが、流麗で深々とした演奏は、作曲家の生地ネラホゼヴェスの緑豊かな景観を連想させた。
「このコンチェルトは出だしから気合いを入れ、思い入れたっぷりに演奏する傾向が見られますが、これはシンプルに演奏することが大切だと思います。作曲家は多くのメッセージを作品に込めました。演奏はその語りを雄弁に物語らなくてはならない。でも、技巧を見せつけたり、表現過多になるのは避けなければ。それは大いなる知性が宿っているからです。高らかに旋律をうたいあげるときにも、ある種の抑制した知性が必要となる。オーケストラとの対話も非常に重要ですね。特に第2楽章はリリシズムがあふれていますから」
 師のビルスマもプリースも、どんな作品を演奏するときも創造的な芸術形態をもつことが大切だと教えてくれた。それを座右の銘としている。
「グァダニーニを手にしてから、すべての作品を一から学び直しています。それが私の好奇心を満たしてくれるからです。そして常に新しい方向、新しい道、新しい自分を探しています。見慣れた楽譜でも何か発見はないか、新鮮な驚きはないか、という目をもって探究しています」
 その好奇心は見知らぬ町の探索にも表れる。ウィスペルウェイはホテルで地図をもらい、新宿から下北沢、飯田橋、千駄ヶ谷と7時間ウォーキング。いろんな発見があったと目を輝かせる。スリムな体型は、きっとこの長時間の散歩の成果かも‥‥。

 今日の写真は、その雑誌の一部。今年もバッハをはじめとする無伴奏作品を聴かせてくれたが、まさに至高の音楽だった。

Y2046_R.JPG
posted by 伊熊よし子 at 22:11 | インタビュー・アーカイヴ

マティアス・ゲルネ

[ヤマハWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」]2014年7月23日

[アーティストの本音トーク マティアス・ゲルネ ?]


 マティアス・ゲルネはひとつの歌曲をうたうとき、徹底的に作品を研究し、歌詞の内容に寄り添い、ピアニストとの音の融合を図り、旋律と詩との有機的な結びつきを極めていく。
 そこには完璧主義者としての顔がのぞく。それは子ども時代に培われた性格なのだろうか。
「子ども時代はワイマールで過ごしました。とても自由で、いま思い出してみると、独特の空気に包まれていたような感じがします」
 ゲルネはこういって、目を遠くに泳がせるような表情をした。それは自身の思い出をたどっているようにも見えた。
「ごく最近、おもしろいことがあったのです。母が1枚の古い写真を送ってくれたのですが、もうそれを見た途端に爆笑してしまいましたよ。すっかり忘れていたんですが、急にそのときのことが鮮やかに蘇ってきました」
 それはゲルネが3歳のころの写真で、幼稚園のカーニヴァルに参加したときのものだった。その日は、みんなが仮装することになっていた。
「母は私に“何になりたいの“と聞きました。インディアン、カウボーイ、パイロットなどと聞くのですが、私はいやだいやだといったんです。どれも私か着たいコスチュームではありませんでしたから。母は困惑して、”じゃ、いったい何になりたいの“と聞きました。すると私は、はっきり”赤ずきんちゃん!”といったのです。母は驚いて“な?に、本当に赤ずきんちゃんがいいの”と再度聞きました。私はハイと答え、赤ずきんちゃんのコスチュームを着てカーニヴァルに参加したわけです。母が送ってくれたのは、そのときの写真だったんですよ(笑)」
 ゲルネの話を聞いた途端、インタビューに居合わせた全員が大笑いし、しばらく笑いが止まらなかった。ぜひ、その写真を見せてほしいものだ。
 体躯堂々としたゲルネが、幼少時代に「赤ずきんちゃん」に変装したとは、想像を絶する。彼はそんな子ども時代を「独特の空気」ということばで表現したのだろう。
「すごくいい子ども時代だったと思います。私の要望したことがそのまま“いいよ”といわれる環境だったわけですから。子どもというのは、はっきりした希望をもっているため、それが受け入れられることがとても重要になります。私はけっして子どもらしさの芽を摘まれることがなかったのです。そう、折られることがなかった。親が子どもに何かを強制したり、否定したりすることがなかったんです」
 それはライプツィヒで最初に師事した声楽の先生、ハンス=ヨアヒム・バイヤーの教えにも共通していたことだという。
「先生は、お前はダメだとか、個性をいじる人ではありませんでした。何が正しいか、何が正しくないかを教えてくれ、まちがっていることははっきり指摘されました。私は子どものころからとてもわがままな性格で、一度いやだと思ったら絶対に引かない。そんな私を先生はよりよい方向へと導いてくれました」
 そうした子ども時代に培った精神は、いまなお彼の仕事ぶりに現れ、シューベルトの録音シリーズでも大いに発揮されている。
 さらに次なる大きなプロジェクトとして、シューベルトの「冬の旅」を京都賞を受賞した南アフリカの美術家、ウィリアム・ケントリッジの映像とのコラボレーションでうたうという計画も進められている。
 これは6月9日にプレミエが行われ、ウィーン、エクサンプロヴァンス、アムステルダム、パリ、ニューヨーク、ドイツの各都市などで5年間にわたって展開されるプロジェクト。ドイツ・リートの新たな地平を拓くゲルネの挑戦は、ここからまた快進撃が続く。
「このプロジェクト、ぜひ日本でも実現させたいんですけどね」
 目力の強いゲルネの表情が、なお一層強い光を放って見えた。
 



タグ:"Yoshiko Ikuma"
posted by 伊熊よし子 at 14:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー・アーカイヴ
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
検索ボックス