2021年01月05日
ダニエル・バレンボイム
続きを読む
つい先ごろ、スペインのピアニスト、ハヴィエル・ペリアネスの新譜が2枚リリースされた(キングインターナショナル)。ヴィオラのタベア・ツィマーマンとの「カンティレーナ」(ピアソラ、モンサルバーチェ、ファリャ、ヴィラ=ロボス、カザルス、グラナドス、アルベニス)と、ジョゼプ・ポンス指揮パリ管との「ラヴェル:鏡遊び〜管弦楽およびピアノ作品集」である。
ペリアネスには何度かインタビューしたことがあるが、今回は「インタビュー・アーカイヴ」の第81回として彼のことばを紹介したい。
「イントキシケイト」2013年7月
[スペイン音楽は小さなアクセントが冒頭につく]
スペインのピアニスト、ハヴィエル・ペリアネスの名は、バレンボイムが行ったテレビのマスタークラス「バレンボイム・オン・ベートーヴェン」の生徒のひとりに選ばれたことで、一躍知られるところとなった。
「バレンボイムはベートーヴェンの生まれ変わりのような気持ちで演奏に臨む。その姿勢に圧倒され、触発されました。彼は私に“あなたの目の前にある太い道を歩みなさい”ということばを贈ってくれました。私は恩師に恵まれ、ラローチャやグードからも多くを学び、モンポウ未亡人にも会って曲の裏側に潜む内容を教えてもらいました。ファリャも大好きで、フランスの影響が色濃く反映されている面に惹かれ、洗練されたフラメンコのようなところにも魅了されます」
ペリアネスのピアノは、繊細で内省的で思索的。弱音の美しさが際立ち、「静なる響き」が全編を覆う。
これまでモンポウ、シューベルト、ファリャ、ベートーヴェンと多岐にわたる作品で高い評価を得てきた。
「私は自分のペースを守り、レパートリーをじっくりと広げてきました。ひとつの作品に時間をかけるタイプですので。ファリャの交響的印象『スペインの庭の夜』をはじめとする代表的なピアノ作品を録音したときも、グラナダのファリャの家にあるアーカイヴで手稿譜を調べ、指揮者のジュゼップ・ポンスとファリャ本来の意図を探求しました。ファリャは多分にストイックでシャイで厳格な性格と思われていますが、作品は情熱的で明るく光輝いています。その対比が非常に興味深く、私の心を魅了してやまないのです」
ペリアネスは1750年セビリア生まれの作曲家、マヌエル・ブラスコ・デ・ネブラのあまり演奏されないソナタにも注目し、貴重な録音を残している。
「ネブラのソナタは6曲あり、静的で即興性に満ちています。彼は大聖堂のオルガニストを務め、鍵盤作品を多く書き、ミステリアスな部分も多い。弾いていると謎めいた気分になり、そこが魅惑的なのです」
最新録音はベートーヴェンの「テンペスト」などのソナタ集。満を持して取り組んだベートーヴェンだ。
「ベートーヴェンは私のレパートリーの核となる部分です。これまでベートーヴェンのピアノ協奏曲もさまざまな指揮者と共演し、そのつど多くのことを学んできました。私はいつも練習するときは必ずうたいながらピアノを弾きます。自分がうたえなかったら、そのテンポは無理だということ。ベートーヴェンもロマンあふれる旋律をうたいながら極めていきます」
彼はスペイン音楽のリズムを手拍子、歌などで表現してくれた。小さなアクセントが冒頭につき、それが理解できるとスペイン作品の真髄がわかるそうだ。
実は、ペリアネスにはひとつ思い出深いできごとがある。インタビューのときに私が履いていたテストーニの真っ赤なミュールに目を止め、「きみ、それどこで買ったの? 奥さんに買って帰りたいんだけど…」と彼にいわれたのである。それは香港返還の前年に買ったもので、もうかなり履き込んでいるものだった。日本で買ったものではないと知り、ペリアネスはたいそうがっがりしていた。
インタビューが終わってからも、「香港のテストーニか。ヨーロッパにはないだろうねえ」といいながら、私の足元をずっと見ていた。
今日の写真は、新譜の2枚。また、古いミュールを出してきて履こうかな(笑)。
世界中から熱い視線を浴び、いまや次世代のピアニストとして大きな注目を浴びているアイスランド出身のヴィキングル・オラフソンが、12月に待望のリサイタルを行う。プログラムはラモーとドビュッシーの作品、それにムソルグスキー「展覧会の絵」というこだわりの選曲。その意図を聞いてみると…。
「これらの作品は、2020年にリリース予定の新しいアルバムに収録されているものです。今回は珍しい構成にしたいと考え、150年の時を隔てて生きた偉大なラモーとドビュッシーの対話を意図しています。ラモーの作品が出版される際、それをドビュッシーが手伝ったといわれているからです。ふたりはルールを破ることを得意としていましたので、私もラモーの組曲において楽章の順番を入れ替えたり、省略したりしています。ドビュッシーに関しても、深いバロックのルーツが現れる選曲を心がけています」
ムソルグスキー「展覧会の絵」に関しては、楽譜通りに弾くことをモットーとしている。
「この作品に関してはその説得力と力強さを大切にしているからです。私は昔からいろんな演奏家の音楽を聴くのが好きですが、《展覧会の絵》においてはスヴャトスラフ・リヒテルの1950年代のカーネギー・ホール・ライヴが鮮烈で強烈な印象を受けました。あたかも各々の絵に命が吹き込まれているようです。もうひとり、ウィリアム・カペルの演奏もひとつずつの音に電流に似たものが宿っています。私がジュリアード音楽院で師事したジェローム・ロウェントホールはカペルが悲劇的な事故によって亡くなる前、彼と一緒に学んだ数少ない人間のひとりなんですよ」
ヴィキングルは国際コンクールの出身者ではない。2016年にドイツ・グラモフォンと専属契約を結び、「フィリップ・グラス:ピアノ・ワークス」で鮮烈なデビュー。次いで「バッハ・カレイドスコープ」を世に送り出し、「ずば抜けた才能」と新聞・雑誌で称賛された。
「アイスランドではコンクールはありません。ジュリアード音楽院で学ぶようになり、すべてがコンクール中心であることに衝撃を受けました。在学中はレパートリーを探求することに時間をかけ、2008年に卒業してからはコンサートや創造的な仕事を通じて自分の音楽を手探りで見つけてきました。やがてアイスランドで自分のレーベルを立ち上げて録音活動を行い、音楽祭なども創設しました。その後、幸運なことにドイツ・グラモフォンと仕事をすることができるようになったのです」
ヴィキングルの演奏は初めて聴いた人に衝撃を与え、聴き慣れた作品でも新たな発見を促し、音楽を聴く真の喜びを目覚めさせる。彼は「革命児」と呼ばれるように、それぞれの作品に新風を吹き込み、洞察力の深さで勝負する。レパートリーはバロックから近・現代まで幅広く、現代作品にも積極的に向き合う。
「今後はジョン・アダムスの新しいピアノ協奏曲第2番を本人の指揮により、欧米各地で演奏します。フィンランドの作曲家サウリ・ジノヴィエフの新しいピアノ協奏曲もフィンランドとスウェーデンの放送交響楽団とともに初演します。もちろん2020年にはバッハからシューマンまで多岐に渡るコンチェルトも演奏する予定です。私は100パーセント自分が全力で取り組むことができ、責任をもつことができる作品しか演奏しません。というのは、自分が深く信じることができ、これまでなかった解釈を表現することができる音楽を選ぶという意味です。それがとても重要で、ひとつひとつの音に信念がこもっているか否かは、おのずと聴衆に伝わってしまうからです」
アイスランドでは家族に共通した「名字」がなく、彼の名前はヴィキングル、名字にあたるオラフソンは父がオラファーだからだという。
「アイスランド特有の法則でしょうね。でも、家族のつながりはとても強いですよ」
アイスランドから世界の舞台へと飛翔した逸材、ぜひナマの演奏で新たな衝撃を。