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マティアス・ゲルネ

[ヤマハWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」]2014年7月23日

[アーティストの本音トーク マティアス・ゲルネ ?]


 マティアス・ゲルネはひとつの歌曲をうたうとき、徹底的に作品を研究し、歌詞の内容に寄り添い、ピアニストとの音の融合を図り、旋律と詩との有機的な結びつきを極めていく。
 そこには完璧主義者としての顔がのぞく。それは子ども時代に培われた性格なのだろうか。
「子ども時代はワイマールで過ごしました。とても自由で、いま思い出してみると、独特の空気に包まれていたような感じがします」
 ゲルネはこういって、目を遠くに泳がせるような表情をした。それは自身の思い出をたどっているようにも見えた。
「ごく最近、おもしろいことがあったのです。母が1枚の古い写真を送ってくれたのですが、もうそれを見た途端に爆笑してしまいましたよ。すっかり忘れていたんですが、急にそのときのことが鮮やかに蘇ってきました」
 それはゲルネが3歳のころの写真で、幼稚園のカーニヴァルに参加したときのものだった。その日は、みんなが仮装することになっていた。
「母は私に“何になりたいの“と聞きました。インディアン、カウボーイ、パイロットなどと聞くのですが、私はいやだいやだといったんです。どれも私か着たいコスチュームではありませんでしたから。母は困惑して、”じゃ、いったい何になりたいの“と聞きました。すると私は、はっきり”赤ずきんちゃん!”といったのです。母は驚いて“な?に、本当に赤ずきんちゃんがいいの”と再度聞きました。私はハイと答え、赤ずきんちゃんのコスチュームを着てカーニヴァルに参加したわけです。母が送ってくれたのは、そのときの写真だったんですよ(笑)」
 ゲルネの話を聞いた途端、インタビューに居合わせた全員が大笑いし、しばらく笑いが止まらなかった。ぜひ、その写真を見せてほしいものだ。
 体躯堂々としたゲルネが、幼少時代に「赤ずきんちゃん」に変装したとは、想像を絶する。彼はそんな子ども時代を「独特の空気」ということばで表現したのだろう。
「すごくいい子ども時代だったと思います。私の要望したことがそのまま“いいよ”といわれる環境だったわけですから。子どもというのは、はっきりした希望をもっているため、それが受け入れられることがとても重要になります。私はけっして子どもらしさの芽を摘まれることがなかったのです。そう、折られることがなかった。親が子どもに何かを強制したり、否定したりすることがなかったんです」
 それはライプツィヒで最初に師事した声楽の先生、ハンス=ヨアヒム・バイヤーの教えにも共通していたことだという。
「先生は、お前はダメだとか、個性をいじる人ではありませんでした。何が正しいか、何が正しくないかを教えてくれ、まちがっていることははっきり指摘されました。私は子どものころからとてもわがままな性格で、一度いやだと思ったら絶対に引かない。そんな私を先生はよりよい方向へと導いてくれました」
 そうした子ども時代に培った精神は、いまなお彼の仕事ぶりに現れ、シューベルトの録音シリーズでも大いに発揮されている。
 さらに次なる大きなプロジェクトとして、シューベルトの「冬の旅」を京都賞を受賞した南アフリカの美術家、ウィリアム・ケントリッジの映像とのコラボレーションでうたうという計画も進められている。
 これは6月9日にプレミエが行われ、ウィーン、エクサンプロヴァンス、アムステルダム、パリ、ニューヨーク、ドイツの各都市などで5年間にわたって展開されるプロジェクト。ドイツ・リートの新たな地平を拓くゲルネの挑戦は、ここからまた快進撃が続く。
「このプロジェクト、ぜひ日本でも実現させたいんですけどね」
 目力の強いゲルネの表情が、なお一層強い光を放って見えた。
 



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マティアス・ゲルネ

[ヤマハWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」]2014年7月17日

[アーティストの本音トーク マティアス・ゲルネ ?]

 マティアス・ゲルネは自身が完璧主義者ゆえ、リートで共演するピアニストに対しても非常に要求が高い。実際に、ピアニストにはどんな演奏を希望するのだろうか。
「私はピアニストではないし、あまりピアノは上手ではないのですが、これまで数多くのすばらしいピアニストとの共演を重ねてきましたので、ピアノに対する理解は深まっています。テクニック面では何もいえませんが、結局、ピアノの技術というのはその人の内面がすべて現れるものだと思います。その内面と私の音楽に対する姿勢が、お互いに正しいものだと判断できれば、多くのことが可能になるわけです」
 ゲルネは2001年から2005年までデュッセルドルフのロベルト・シューマン音楽大学で名誉教授を務め、歌曲科で教鞭を執っていたこともあり、そのときにも声楽専攻の学生とともにピアノ専攻の学生による演奏も多数聴いている。そうした経験を踏まえ、ゲルネは「指導するときは、歌手のみならず広い視野に立って教える」という。
「実は、3週間後にハンブルクでコンサートが予定されているのですが、そこにとても才能のあるヴァイオリニストがピアニストとやってくるため、その指導をすることになっています。もちろん、私はヴァイオリニストではないため、弦楽器の技術は教えられませんが、彼らと一緒にヴァイオリン作品の勉強をします。フレージングやアーティキュレーションに関しては、いずれの作品にも共通項がありますからね。豊富な経験と、楽譜の深い読み、そして豊かな音楽性をもった音楽家は、作品全体を見渡す目が備わっているものです。そうした目は、ひとつの作品の大きな鳥瞰図を描くことができます。私はそれを目指しているのです。指揮者がコンチェルトの演奏でピアニストやヴァイオリニストとともにいい音楽を作り出そうとするのは、そうした考えに基づくもので、そこでは指揮者の解釈が問われます。私もそれと同様のことを試みようとしているわけです」
 ゲルネは、2008年からシューベルトの歌曲を網羅した録音プロジェクトを実践している。これは全11巻で構成され、巻ごとに彼が信頼を寄せているピアニストと共演する形を取っている。現在は8巻まで進行し、2014年秋には「冬の旅」がリリースされる予定だ(キングインターナショナル)。
「このプロジェクトは私がすべて計画し、レコード会社に提案しました。ピアニストに関しても、この巻はこのピアニストというように決めてアイディアを出したのです。各巻のプログラムは、ピアニストに合わせて作ったといった方が的確かも知れません。長年、多くのピアニストと共演していますし、よく知っている人ばかりですから、この曲はこの人だな、とわかるのです」
 ピアニストのスケジュールもあるのだろうが、ゲルネはあらかじめこの人と決めて事後承諾で計画を進めたそうだ。この強引とも思えるほどの実行力、確固たる自信、積極性、説得力など、ゲルネの「自分を信じる」「正しいと思うことをする」という信念は、いっさい迷いがない。その強い気持ちが全面的に演奏に反映し、聴き手を納得させてしまう。
 さて、次回の最終回は爆笑ものの子ども時代の話と、次なる夢を語ってもらいたいと思う。

 今日の写真は、2016年2月の来日公演で共演したピアニスト、アレクサンダー・シュマルツと。


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マティアス・ゲルネ

[ヤマハWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」]2014年7月10日

[アーティストの本音トーク マティアス・ゲルネ ?]

 マティアス・ゲルネは、シューベルトの3大歌曲のなかでは、「美しき水車小屋の娘」をもっとも遅く勉強したという。
「私は3大歌曲のうち、《冬の旅》から勉強を始めました。そして《白鳥の歌》へと歩みを進めたのです。なぜ、私が《美しき水車小屋の娘》を最後に勉強したかというと、学生のころから数多くの録音を聴いてきたのがその理由です。それはペーター・シュライヤーであり、フリッツ・ヴンダーリヒであり、またディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのうたうものでした。それらはもちろん名盤と称されるものです。でも、私にとっては、何か違うなという感じがぬぐえなかった。それらをあまりにも聴き過ぎて、自分の解釈というか、切り口が見出せなくなってしまったのです。ですから、容易に取り組めない状態になってしまったわけです」
 ゲルネは、とても心情的に複雑だという表情をした。名盤を聴き過ぎたために、かえってシューベルトの名曲に近づけなくなってしまった。彼はその胸の内を、ことばを尽くして説明してくれたが、これはひとことでいい表すのはとても難しいことである。
「この歌曲集は3つのなかでもっともドラマティックな作品だと思います。これは極端といいかえた方がわかりやすいかも知れません。ドイツ語でいうと、ドラマティックは劇的なという意味合いと同時にはげしさ、究極的な、という意味も含まれます。実は、私は《美しき水車小屋の娘》の主人公の幼稚さに共鳴できなくなってしまったのです。ですから、自分の切り口というか、入口が見つけられなくなってしまったというのが正直な思いです」
 作品にそこまで強い思い入れがあり、自身の感情と向き合い、歌詞の内容を検証していく。そこにはゲルネのリート歌手としてのひたむきな気持ち、誇り、そして完璧主義者ならではの姿勢が見える。
「私は偉大な歌手に師事していますが、彼らとはシューベルトの3大歌曲は勉強していません。シュヴァルツコップともフィッシャー=ディースカウとも、一度もこれらの作品を学んでいないのです。なぜなら、これらのリートは自分で発見し、自分の世界を作り上げるものだと考えているからです」
 ゲルネのことばは確信に満ちていた。彼は演奏もそうだが、語り口にもいっさいの迷いが感じられない。率直でストレートで、明快である。その後、彼は「美しき水車小屋の娘」に取り組むようになり、今回のステージでも披露され、録音も行っている。
「私はシュヴァルツコップやフィッシャー=ディースカウからは、自分自身の感情を前面に押し出すのではなく、あくまでもテキストと楽譜に忠実に従うことの大切さを学びました。楽譜に対しての敬意ですね。その教えがいまでも私の基礎となっているのです」
 
 
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posted by 伊熊よし子 at 11:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー・アーカイヴ
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