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ダニエル・バレンボイム

  2021年の幕開け、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤー・コンサートの指揮は、今年の夏に80歳を迎えるリッカルド・ムーティだった。そのライヴ放送の最後に来年の指揮者が発表され、その年の秋に80歳を迎えるダニエル・バレンボイムと発表された。
  実は、前回2014年の指揮台にバレンボイムが登場した際、その前年の秋にベルリンでインタビューを行い、その様子をこのニューイヤー・コンサートのライヴ録音のライナーに綴った。
 「インタビュー・アーカイヴ」の第82回は、そのバレンボイムの登場である。

[ウィーン・フィル ・ニューイヤー・コンサート2014  ライナー  ソニー]

「ウィーン・フィルは自分が演奏したいというスタイルをもち、私も自由に指揮します。その方向性が見事に一致し、すばらしいコンサートが生まれるのです」〜ダニエル・バレンボイム2度目のニューイヤー・コンサート

  ウィーン・フィルから大いなる信頼を受け、深い絆で結ばれているダニエル・バレンボイムは、2009年に初めてウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの指揮台に立った。そのときは「平和」をテーマに掲げ、プログラムもそれに即したものだったが、今回も新たに「世界の平和」をテーマに選曲を行っている。
  2013年10月初旬、ベルリン国立歌劇場のベルクの歌劇「ヴォツェック」の本番前に、シラー劇場でマエストロに話を伺った。
「私は常に音楽を通して世界の平和を強く訴えたいと思っています。2009年のニューイヤー・コンサートでもそれを実現しましたが、2014年は第一次世界大戦100年にあたる年ですので、これをテーマの主軸に据えたいと考えています。というのは、第二次世界大戦はみなさんよくご存じで話題となりますが、第一次世界大戦のことはいまやすっかり忘れられている。どうしてこの戦争が起きたのか、いかに大変だったのか、将来のためにみんなが知る必要があると思うからです」
  バレンボイムはそのための作品をいくつか選び、これからウィーン・フィルとの話し合いのなかで詳細を決めたいと語った。その時点で決まっていた作品に関しては…。
「平和と関連するヨーゼフ・シュトラウスの《平和の棕櫚》はぜひ演奏したいですね。それから私が1999年にパレスチナ系アメリカ人学者のエドワード・サイードと創設した、パレスチナとイスラエルの若手音楽家で組織するウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団の結成15年を記念し、ヨハン・シュトラウス2世の《エジプト行進曲》を加えたい。そしてウィーンの自然の美しさは平和に通じると思いますので、ドナウ河沿いの町のクロスターノイブルクの修道院設立900年を祝し、シュトラウス2世の《ウィーンの森の物語》を、さらに2014年に生誕150年を迎えるリヒャルト・シュトラウスの歌劇《カプリッチョ》から《月光の音楽》を考えています」  
  バレンボイムは、初めてウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの演奏を聴いたとき、「立ち見でもいい」と思うほど感銘を受けたという。
「ウィーン・フィルはシュトラウス一家をはじめとするワルツやポルカを熟知し、旋律、フレーズ、リズム、テンポなど、すべて自分たちが演奏したいというスタイルで自在に演奏します。ですから、私も自分の本当に表現したい方法で自由に指揮をする。その結果、ふたつの方向性が見事に一致し、音楽が融合し、すばらしいコンサートとなるのです」
  ウィーン・フィルは「特別な音をもっている」と彼はいう。それは世界のどのオーケストラとも異なる特有の音で、音楽が自然に流れ、独創性を保持し、指揮者冥利に尽きると。
「ニューイヤー・コンサートは単なる娯楽作品を演奏したり、アンコールピースだけを並べるものではありません。ひとつのドラマをもち、創造性に富んでいます。ウィーン・フィルもリハーサルから真剣勝負ですが、指揮者も責任重大です。でも、私はすべての音楽を楽しみながら指揮しますよ」
  彼は音楽家だった父親から「音楽をよく考えて演奏すること」という精神を伝授された。それを座右の銘とし、どんな作品を演奏するときもスコアを深く読み、熟考する。ニューイヤー・コンサートも各曲の真意に寄り添う、洞察力に富む演奏が披露されるに違いない。

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posted by 伊熊よし子 at 22:37 | インタビュー・アーカイヴ

ハヴィエル・ペリアネス

 つい先ごろ、スペインのピアニスト、ハヴィエル・ペリアネスの新譜が2枚リリースされた(キングインターナショナル)。ヴィオラのタベア・ツィマーマンとの「カンティレーナ」(ピアソラ、モンサルバーチェ、ファリャ、ヴィラ=ロボス、カザルス、グラナドス、アルベニス)と、ジョゼプ・ポンス指揮パリ管との「ラヴェル:鏡遊び〜管弦楽およびピアノ作品集」である。

  ペリアネスには何度かインタビューしたことがあるが、今回は「インタビュー・アーカイヴ」の第81回として彼のことばを紹介したい。


「イントキシケイト」2013年7月


[スペイン音楽は小さなアクセントが冒頭につく]


スペインのピアニスト、ハヴィエル・ペリアネスの名は、バレンボイムが行ったテレビのマスタークラス「バレンボイム・オン・ベートーヴェン」の生徒のひとりに選ばれたことで、一躍知られるところとなった。

「バレンボイムはベートーヴェンの生まれ変わりのような気持ちで演奏に臨む。その姿勢に圧倒され、触発されました。彼は私に“あなたの目の前にある太い道を歩みなさい”ということばを贈ってくれました。私は恩師に恵まれ、ラローチャやグードからも多くを学び、モンポウ未亡人にも会って曲の裏側に潜む内容を教えてもらいました。ファリャも大好きで、フランスの影響が色濃く反映されている面に惹かれ、洗練されたフラメンコのようなところにも魅了されます」

 ペリアネスのピアノは、繊細で内省的で思索的。弱音の美しさが際立ち、「静なる響き」が全編を覆う。

  これまでモンポウ、シューベルト、ファリャ、ベートーヴェンと多岐にわたる作品で高い評価を得てきた。

「私は自分のペースを守り、レパートリーをじっくりと広げてきました。ひとつの作品に時間をかけるタイプですので。ファリャの交響的印象『スペインの庭の夜』をはじめとする代表的なピアノ作品を録音したときも、グラナダのファリャの家にあるアーカイヴで手稿譜を調べ、指揮者のジュゼップ・ポンスとファリャ本来の意図を探求しました。ファリャは多分にストイックでシャイで厳格な性格と思われていますが、作品は情熱的で明るく光輝いています。その対比が非常に興味深く、私の心を魅了してやまないのです」

 ペリアネスは1750年セビリア生まれの作曲家、マヌエル・ブラスコ・デ・ネブラのあまり演奏されないソナタにも注目し、貴重な録音を残している。

「ネブラのソナタは6曲あり、静的で即興性に満ちています。彼は大聖堂のオルガニストを務め、鍵盤作品を多く書き、ミステリアスな部分も多い。弾いていると謎めいた気分になり、そこが魅惑的なのです」

 最新録音はベートーヴェンの「テンペスト」などのソナタ集。満を持して取り組んだベートーヴェンだ。

「ベートーヴェンは私のレパートリーの核となる部分です。これまでベートーヴェンのピアノ協奏曲もさまざまな指揮者と共演し、そのつど多くのことを学んできました。私はいつも練習するときは必ずうたいながらピアノを弾きます。自分がうたえなかったら、そのテンポは無理だということ。ベートーヴェンもロマンあふれる旋律をうたいながら極めていきます」

 彼はスペイン音楽のリズムを手拍子、歌などで表現してくれた。小さなアクセントが冒頭につき、それが理解できるとスペイン作品の真髄がわかるそうだ。


 実は、ペリアネスにはひとつ思い出深いできごとがある。インタビューのときに私が履いていたテストーニの真っ赤なミュールに目を止め、「きみ、それどこで買ったの? 奥さんに買って帰りたいんだけど…」と彼にいわれたのである。それは香港返還の前年に買ったもので、もうかなり履き込んでいるものだった。日本で買ったものではないと知り、ペリアネスはたいそうがっがりしていた。

 インタビューが終わってからも、「香港のテストーニか。ヨーロッパにはないだろうねえ」といいながら、私の足元をずっと見ていた。

 今日の写真は、新譜の2枚。また、古いミュールを出してきて履こうかな(笑)。


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posted by 伊熊よし子 at 20:27 | インタビュー・アーカイヴ

ヴィキングル・オラフソン

  新たな才能との出会いは、本当に心躍るものがある。
  アイスランドのピアニスト、ヴィキングル・オラフソンに関しては、12月4日のリサイタルの感想も綴ったが、昨日のコンサートもまた彼の才能を遺憾なく発揮するものだった。
  プログラムはJ.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」のアリアからスタート。次いでバッハに関するトークが挟まれ、バッハの「イタリア風アリアと変奏」、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番が続けて演奏された。
  このベートーヴェンのソナタが、これまで聴いたどんな演奏とも異なる表現で、この1曲を聴くためにこの日すみだトリフォニーホールまで足を運んだとしても、十分に満足する内容だった。
  後半は新日本フィルを弾き振りしてモーツァルトのピアノ協奏曲第24番が演奏されたが、ヴィキングルの指揮はなかなか堂に入ったもので、めりはりがあり、瞬時にピアノに移ってもけっしてぶれないその奏法は、限りなく豊かな才能を示唆していた。
  そこでインタビュー・アーカイヴ第80回は、ヴィキングル・オラフソンの登場だ。つい先ごろ発売された「ぶらあぼ」の記事である。

「ぶらあぼ」 2019年11月号

アイスランド出身の”革命児”がこだわりぬいたプログラムで新風を吹き込む

 世界中から熱い視線を浴び、いまや次世代のピアニストとして大きな注目を浴びているアイスランド出身のヴィキングル・オラフソンが、12月に待望のリサイタルを行う。プログラムはラモーとドビュッシーの作品、それにムソルグスキー「展覧会の絵」というこだわりの選曲。その意図を聞いてみると…。

「これらの作品は、2020年にリリース予定の新しいアルバムに収録されているものです。今回は珍しい構成にしたいと考え、150年の時を隔てて生きた偉大なラモーとドビュッシーの対話を意図しています。ラモーの作品が出版される際、それをドビュッシーが手伝ったといわれているからです。ふたりはルールを破ることを得意としていましたので、私もラモーの組曲において楽章の順番を入れ替えたり、省略したりしています。ドビュッシーに関しても、深いバロックのルーツが現れる選曲を心がけています」

 ムソルグスキー「展覧会の絵」に関しては、楽譜通りに弾くことをモットーとしている。

「この作品に関してはその説得力と力強さを大切にしているからです。私は昔からいろんな演奏家の音楽を聴くのが好きですが、《展覧会の絵》においてはスヴャトスラフ・リヒテルの1950年代のカーネギー・ホール・ライヴが鮮烈で強烈な印象を受けました。あたかも各々の絵に命が吹き込まれているようです。もうひとり、ウィリアム・カペルの演奏もひとつずつの音に電流に似たものが宿っています。私がジュリアード音楽院で師事したジェローム・ロウェントホールはカペルが悲劇的な事故によって亡くなる前、彼と一緒に学んだ数少ない人間のひとりなんですよ」

 ヴィキングルは国際コンクールの出身者ではない。2016年にドイツ・グラモフォンと専属契約を結び、「フィリップ・グラス:ピアノ・ワークス」で鮮烈なデビュー。次いで「バッハ・カレイドスコープ」を世に送り出し、「ずば抜けた才能」と新聞・雑誌で称賛された。

「アイスランドではコンクールはありません。ジュリアード音楽院で学ぶようになり、すべてがコンクール中心であることに衝撃を受けました。在学中はレパートリーを探求することに時間をかけ、2008年に卒業してからはコンサートや創造的な仕事を通じて自分の音楽を手探りで見つけてきました。やがてアイスランドで自分のレーベルを立ち上げて録音活動を行い、音楽祭なども創設しました。その後、幸運なことにドイツ・グラモフォンと仕事をすることができるようになったのです」

 ヴィキングルの演奏は初めて聴いた人に衝撃を与え、聴き慣れた作品でも新たな発見を促し、音楽を聴く真の喜びを目覚めさせる。彼は「革命児」と呼ばれるように、それぞれの作品に新風を吹き込み、洞察力の深さで勝負する。レパートリーはバロックから近・現代まで幅広く、現代作品にも積極的に向き合う。

「今後はジョン・アダムスの新しいピアノ協奏曲第2番を本人の指揮により、欧米各地で演奏します。フィンランドの作曲家サウリ・ジノヴィエフの新しいピアノ協奏曲もフィンランドとスウェーデンの放送交響楽団とともに初演します。もちろん2020年にはバッハからシューマンまで多岐に渡るコンチェルトも演奏する予定です。私は100パーセント自分が全力で取り組むことができ、責任をもつことができる作品しか演奏しません。というのは、自分が深く信じることができ、これまでなかった解釈を表現することができる音楽を選ぶという意味です。それがとても重要で、ひとつひとつの音に信念がこもっているか否かは、おのずと聴衆に伝わってしまうからです」

 アイスランドでは家族に共通した「名字」がなく、彼の名前はヴィキングル、名字にあたるオラフソンは父がオラファーだからだという。

「アイスランド特有の法則でしょうね。でも、家族のつながりはとても強いですよ」

 アイスランドから世界の舞台へと飛翔した逸材、ぜひナマの演奏で新たな衝撃を。



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posted by 伊熊よし子 at 22:05 | インタビュー・アーカイヴ
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