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伊藤恵

 先日、インタビュー記事を紹介した伊藤恵の「春をはこぶコンサート ふたたび」が、4月29日に紀尾井ホールで開催された。
 今回はオール・ベートーヴェン・プロで、ピアノ・ソナタを5曲。
 前半が第8番「悲愴」、第13番、第14番「月光」。後半が第23番「熱情」、第26番「告別」という、まさに重量級のプログラムである。
 私はいつも伊藤恵のリサイタルを聴くと、あまりにも真摯で率直で深淵な演奏に、つい涙がこぼれてしまうほどの感銘を受ける。
 以前、シューベルトを聴いたときも涙腺が緩み、その表情のまま楽屋に顔を出したら、「あらあ、泣いてくれたの」といわれてしまった。
 今回はベートーヴェンゆえ、その深い音楽性に感動するものの、涙が流れることはなく、初めから終わりまで奏者と一体化し、緊迫感と集中力に支配された。
 これだけベートーヴェンの偉大な作品を聴くと、やはりすごい作曲家なのだと改めて感慨を得る。
 もちろん伊藤恵の研鑽の賜物が全面的に表れており、その深きピアニズムに身も心も浄化するような感覚に陥るのだが、やはりひとつのリサイタルでベートーヴェンのさまざまな面に触れると、えもいわれぬ充実感を得る。
 伊藤恵は終演後にマイクを握り、「もう何も残っていません。これ以上は弾けません」と語った。もちろん、聴衆はこれ以上アンコールなどは期待していない。彼女は、来年のリサイタルでは、ベートーヴェンの後期3大ソナタに挑戦すると発表した。
 そうか、来年は第30番、第31番、第32番が登場するわけだ。とても楽しみである。
 この日はあまりの充足感ゆえ、帰路でも頭のなかがベートーヴェンでいっぱいとなり、電車でひと駅乗り過ごしてしまった(笑)。
posted by 伊熊よし子 at 22:56 | マイ・フェイバリット・ピアニスト
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