2019年02月02日
ベルリン・フィル特集
昨年の4月にベルリン、10月に姫路と、樫本大進をメインに取材した「家庭画報」のベルリン・フィル特集が発売となった。
12月末にねじり鉢巻きで原稿を書いた、思い出深い特集記事である。
ベルリンでは団員、ゼネラル・マネージャー、客演指揮者をはじめさまざまな人にインタビューをしたが、そのなかで貴重な出会いがあった。
実は2004年、サイモン・ラトルにインタビューするためにベルリン・フィルの本拠地であるフィルハーモニーに出かけたのだが、このときにマエストロの担当者はドラマトゥルク(文芸)部門のヘルゲ・グリュールヴァルトという人物だった。
グリューネヴァルトとは、ベルリン南西部の広大な森林地帯の名称。それと同じ苗字で、彼は流暢な日本語で「私は緑の森さんです。緑の森と呼んでください」といい、私はそれがずっと頭のなかに残っていた。
そのグリューネヴァルト氏と、楽屋の入口でパッとすれ違ったのである。人間の記憶とは不思議なもので、私は「あっ、グリューネヴァルトさん」と、咄嗟に呼びかけてしまった。相手が目を真ん丸にして驚いたのはいうまでもない。
再会を喜び、その後の様子を伺った。現在はベルリン・フィルの顧問的な立場で、音楽学者としてコンサートのプレトークなども行っているという。
即座にインタビューを申し込み、貴重な話をいろいろ聞くことができた。この内容は雑誌には掲載するスペースがなかったため、のちにじっくりと紹介したいと思う。
長い間いろんな取材を続けていると、こういう出会いもあるのだと不思議な感覚を抱いた。
今日の写真は、「家庭画報」3月号の「輝けるベルリン・フィル―コンサートマスター樫本大進の挑戦―」の一部分。それからインタビュー中の緑の森さん。


12月末にねじり鉢巻きで原稿を書いた、思い出深い特集記事である。
ベルリンでは団員、ゼネラル・マネージャー、客演指揮者をはじめさまざまな人にインタビューをしたが、そのなかで貴重な出会いがあった。
実は2004年、サイモン・ラトルにインタビューするためにベルリン・フィルの本拠地であるフィルハーモニーに出かけたのだが、このときにマエストロの担当者はドラマトゥルク(文芸)部門のヘルゲ・グリュールヴァルトという人物だった。
グリューネヴァルトとは、ベルリン南西部の広大な森林地帯の名称。それと同じ苗字で、彼は流暢な日本語で「私は緑の森さんです。緑の森と呼んでください」といい、私はそれがずっと頭のなかに残っていた。
そのグリューネヴァルト氏と、楽屋の入口でパッとすれ違ったのである。人間の記憶とは不思議なもので、私は「あっ、グリューネヴァルトさん」と、咄嗟に呼びかけてしまった。相手が目を真ん丸にして驚いたのはいうまでもない。
再会を喜び、その後の様子を伺った。現在はベルリン・フィルの顧問的な立場で、音楽学者としてコンサートのプレトークなども行っているという。
即座にインタビューを申し込み、貴重な話をいろいろ聞くことができた。この内容は雑誌には掲載するスペースがなかったため、のちにじっくりと紹介したいと思う。
長い間いろんな取材を続けていると、こういう出会いもあるのだと不思議な感覚を抱いた。
今日の写真は、「家庭画報」3月号の「輝けるベルリン・フィル―コンサートマスター樫本大進の挑戦―」の一部分。それからインタビュー中の緑の森さん。
posted by 伊熊よし子 at 23:21
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