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エフゲニー・キーシン

 キーシンの演奏を聴くと、いつも1986年の初来日のときのことを思い出す。それほどこのときの演奏は衝撃的だった。
 彼はステージ脇で「早く演奏したい、早くステージに出たい」といい続け、周囲の人々がそれを止めるのに苦労していた。
 当時、14歳。演奏はまさに「真の天才」を思わせるものでいずれの作品もひらめきに満ち、躍動感と鮮やかな色彩と物語性に満ちていたが、インタビューの受けごたえはシャイで物静かで思慮深い性格をよく表していた。
 あれから32年。キーシンの来日公演をずっと聴き続け、ルツェルン音楽祭では現地でも演奏を聴いた。
 そのキーシンが11月6日、サントリーホールでリサイタルを開いた。プログラムはショパンの「夜想曲」第15番、第18番からスタート。ゆったりとしたテンポを維持し、ひとつひとつの音を慈しむように奏で、ショパンの晩年の熟達した手法をじっくりと披露していく。
 次いで、シューマンのピアノ・ソナタ第3番が登場。これは何度か改訂が施され、「グランド・ソナタ」と命名された大規模な構造を備えている。
 ピアニストを目指したシューマンの多様な技巧と創造性が盛り込まれたソナタで、キーシンの本領発揮となった。第1楽章から第4楽章まで終始緊迫感と集中力がみなぎり、キーシン自身の内面に語りかけるような内省的かつ思索的なピアニズムが全編を貫いていた。
 後半は、ラフマニノフの「10の前奏曲」作品23、「13の前奏曲」作品32より10曲が続けて演奏された。
 キーシンのロシア・ピアニズムを体現する奏法は、昔からまったく変わらない。演奏する姿勢も同様で、どこかなつかしさを感じさせる。
 だが、大きく変容しているのは、その演奏の深遠さである。彼は1シーズンにひとつのプログラムを携え、世界各地を回る。今回のプログラムも各地で演奏しているものだろうが、弾き込むほどに深さが増し、楽譜の裏側まで読み込むような熟成された音楽となる。
 キーシンを聴き続けること―それは聴き手自身の聴き方の変容を感じ取ることであり、また生き方を考えさせられることでもある。キーシンは音楽を通じ、どう生きるべきかを問いかけているように思う。
 初めて衝撃の音楽を聴いてから32年。演奏を聴きながら、さまざまなことが脳裏をよぎった。
 今日の写真はプログラムの表紙。

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posted by 伊熊よし子 at 21:53 | クラシックを愛す
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