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ロリン・マゼール

 指揮者の記憶力にはいつも脱帽してしまう。
 あんなに厚いスコアを全暗譜し、スコアなしで演奏する人も多く、特にズービン・メータと小澤征爾の暗譜力には定評がある。
 ロリン・マゼールも、飛び抜けた記憶力の持ち主だった。
 マゼールに関しては、ひとつ苦い思い出がある。
 1985年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを聴きに行き、アンコールのときに私が客席から撮った写真をマエストロが熱望したのに、当時はデジカメではなかったため、フィルムを紛失してしまい、見つからなかったのである。
 その後、インタビューで会うたびに写真のことを聞かれ、とうとう私はマゼールのインタビューを断らざるを得なくなった。
 マゼールが亡くなったときは、本当に心から「ごめんなさい」と謝罪したものだ。あんなに写真を欲しがっていたのに、ついに渡すことができなかったのだから…。
 彼は、プロのカメラマンが撮った写真ではなく、私が撮った写真を見たがった。
「プロのカメラマンの写真は、たくさんもっているよ。もちろん、ニューイヤー・コンサートの写真だって、山ほど見ているさ。でもね、きみがわざわざ日本から聴きにきてくれ、しかもアンコールのときを待って一瞬で撮ったという、その写真は、私にとってはとても価値のあるものなんだよ。あの時期は、もうウィーン・フィルとの関係が微妙な状態で、精神的にはとても複雑な思いを抱いて指揮台に立った。そんな特別なコンサートなんだ。それを聴きにきてくれたんだろう。絶対に、フィルムを見つけてほしいんだよ」
 何度もこういわれたのに、私の整理が悪くて、マゼールの生前にはフィルムは見つからなかった。
 ところが、出てきたのである。
「キャーっ、こんなところに紛れていたんだ」
 私はその写真を見つけ、マゼールのお墓に捧げたいと思ったほどである。
「マエストロ、本当にごめんなさい。いまごろ見つかったんです。遅すぎましたね。でも、あったんですよ、写真が。マエストロがヴァイオリンを弾きながら、アンコールを演奏している写真が。ああ、そのときの演奏を思い出しました。一緒に思い出して、写真を見たかったのに、返す返すも残念。写真を見ながら、当時の思い出を聞きたかったのに…。いつの日か、この写真を携えて、お墓参りに行きますからね」
 私はこう心のなかで話しかけた。
 この写真にまつわる記事は、2012年12月11日のブログに綴っている。興味のある方は、寄ってみてくださいな。
 今日の写真は、ようやく見つかったその貴重な写真。ただし、客席から撮っているので、アングルもピンもそんなによくない。でも、この1枚は、私にとって、マゼールとの大切な思い出につながる。
 ああ、それにしても遅すぎた…。

タグ:"Yoshiko Ikuma"
posted by 伊熊よし子 at 22:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 巨匠たちの素顔
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