2011年05月09日
ニキタ・マガロフ
インタビュー・アーカイヴの第7回は、私がこよなく愛するロシア・サンクトペテルブルクの貴族の家系出身でのちにスイスのヴヴェーに生活の場を移したピアニスト、ニキタ・マガロフ(1912?1992)。
実はインタビュー当時、彼は日本でレコーディングを行い、それを見学させてもらうことになっていたが、初日には行けず2日目の夕方に駆けつけた。
するとマガロフは「きみ、遅かったねえ。もう全部終わっちゃったよ。まあ、音ができあがったらゆっくり聴いて」と涼しい顔。
ああ、なんというショック。通常は3日間くらい録音に費やすのに、なんという早業。長い間、このショックは私の心に居座っていた。
[FMレコパル 1991年5月27日?6月9日号 No.12]
しみじみとした感慨にひたれる、優雅で優しいワルツ
最近、ピアノを聴いてしみじみとした感慨にひたるということが少なくなってきている。すごい超絶技巧に圧倒されたり、きらびやかな音色に酔ったりすることはもちろんある。
しかし、何度聴いてもそのつど「ああ、生きていて幸せ」などと感じる演奏には、そうめったに出合えるものではない。
ところが、マガロフのワルツ「舞踏への勧誘?マガロフ、ワルツをひく!」(コロムビア)を聴いたときに、この“しみじみ”が味わえたのである。
最初のモシュコフスキーから、これはもう19世紀のサロンの味わい。目を閉じて聴いていると、古い映画の舞踏シーンなどが自然に浮かんでくる。
ウェーバーもJ.シュトラウスも3拍子のリズムが生き生きとしていて、まるで「さあ、踊りなさいよ」とでもいっているように誘いかけてくる。
そんな優雅で愉しい音楽を生み出すマガロフの素顔は、優しく、雄弁で、何より長い演奏活動の歴史を感じさせる威厳に満ちたものだった。
「私は同じことを何度も繰り返して行うことが嫌いでね。演奏会でも必ずプログラムを全部変えるんだよ」
だからレパートリーが広いなんていわれるんだね、といって笑ったマガロフ。4年前スイスのモントルー音楽祭で2週間演奏したときも、彼は毎日違ったプログラムで演奏した。
「私のところによく若いピアニストがレッスンにやってくるんだけど、彼らにいつも作曲家のいいたいこと、楽譜に書いてあることを演奏家が勝手にいじっちゃいかんといっている。ショパンなんか、若い人は自分の解釈を全面に押し出してくずして弾くからね、ありゃいかんよ」
多くのピアニストが演奏家としての何かを求めにくる
マガロフは楽譜に忠実に弾くことをモットーとしているが、その演奏は自由で個性的で、今回のワルツなどもマガロフならではの浮き立つようなリズムに彩られている。
彼のワルツには、1拍目の強拍と2拍目の弱拍との間にほんの少し間があるのだ。これはほんの一瞬息を吸うような間だが、これがワルツの3拍子の支えともなっていて、跳びはねるような軽快な感覚が味わえる。
「ウィンナ・ワルツもあればフランスのワルツもあり、ワルツというだけでは限定できないフォルムがたくさんある。もちろん、ワルツも曲の解釈は作曲家の意図に忠実でなければならないが、他の作品にくらべると演奏家により可能性を与えてくれたのだと思う。それを自由に表現したい」
マガロフはプロコフィエフ、ラヴェル、バルトーク、ストラヴィンスキーなどに直接教えを受けたり、共演したりしている。いわば大作曲家と同時代に生きてきたわけだ。
「ストラヴィンスキーの前では『カプリッチョ』を何度も弾いたけど、彼はいつも、自分の作品をどうしてみんなあんなにテクニックを優先して弾くんだろうと嘆いていた。ラヴェルは気難しい人でね、トスカニーニがテンポを指示通り演奏しないといってカンカンに怒っていたよ」
こんな話がポンポン飛び出す。
マガロフのもとにはアルゲリッチ、内田光子、ダルベルト、ルイサダをはじめ、多くのピアニストが悩みにぶつかるとやってくる。
彼らはもちろん技術的には何の問題もない。ただ、演奏家として何かが足りないと感じ、その何かを求めて巨匠の門をたたく。
「私は彼らプロのピアニストに、これといって何か教えることがあるわけではない。作曲家の思想、テンポ、リズムに忠実であれ、とアドヴァイスをするだけ。このごろは忙しくて時間がとれないが、それでもみんな年に1度はやってくるね」
それはそうだろう。ほんの少し話を伺っただけで、なんだか心の奥に温かいものが流れる感じがした。
演奏家は孤独だから、きっと彼のもとでひとときを過ごしただけでまた闘いのステージに飛び出していく勇気を与えられるのではないだろうか。
写真はそのときの記事の一部。夫人は名ヴァイオリニストとして知られるヨーゼフ・シゲティの娘で、シゲティにとてもよく似ている。二人はとても仲むつまじく、ほんのりあったかな空気がただよっていた。
実はインタビュー当時、彼は日本でレコーディングを行い、それを見学させてもらうことになっていたが、初日には行けず2日目の夕方に駆けつけた。
するとマガロフは「きみ、遅かったねえ。もう全部終わっちゃったよ。まあ、音ができあがったらゆっくり聴いて」と涼しい顔。
ああ、なんというショック。通常は3日間くらい録音に費やすのに、なんという早業。長い間、このショックは私の心に居座っていた。
[FMレコパル 1991年5月27日?6月9日号 No.12]
しみじみとした感慨にひたれる、優雅で優しいワルツ
最近、ピアノを聴いてしみじみとした感慨にひたるということが少なくなってきている。すごい超絶技巧に圧倒されたり、きらびやかな音色に酔ったりすることはもちろんある。
しかし、何度聴いてもそのつど「ああ、生きていて幸せ」などと感じる演奏には、そうめったに出合えるものではない。
ところが、マガロフのワルツ「舞踏への勧誘?マガロフ、ワルツをひく!」(コロムビア)を聴いたときに、この“しみじみ”が味わえたのである。
最初のモシュコフスキーから、これはもう19世紀のサロンの味わい。目を閉じて聴いていると、古い映画の舞踏シーンなどが自然に浮かんでくる。
ウェーバーもJ.シュトラウスも3拍子のリズムが生き生きとしていて、まるで「さあ、踊りなさいよ」とでもいっているように誘いかけてくる。
そんな優雅で愉しい音楽を生み出すマガロフの素顔は、優しく、雄弁で、何より長い演奏活動の歴史を感じさせる威厳に満ちたものだった。
「私は同じことを何度も繰り返して行うことが嫌いでね。演奏会でも必ずプログラムを全部変えるんだよ」
だからレパートリーが広いなんていわれるんだね、といって笑ったマガロフ。4年前スイスのモントルー音楽祭で2週間演奏したときも、彼は毎日違ったプログラムで演奏した。
「私のところによく若いピアニストがレッスンにやってくるんだけど、彼らにいつも作曲家のいいたいこと、楽譜に書いてあることを演奏家が勝手にいじっちゃいかんといっている。ショパンなんか、若い人は自分の解釈を全面に押し出してくずして弾くからね、ありゃいかんよ」
多くのピアニストが演奏家としての何かを求めにくる
マガロフは楽譜に忠実に弾くことをモットーとしているが、その演奏は自由で個性的で、今回のワルツなどもマガロフならではの浮き立つようなリズムに彩られている。
彼のワルツには、1拍目の強拍と2拍目の弱拍との間にほんの少し間があるのだ。これはほんの一瞬息を吸うような間だが、これがワルツの3拍子の支えともなっていて、跳びはねるような軽快な感覚が味わえる。
「ウィンナ・ワルツもあればフランスのワルツもあり、ワルツというだけでは限定できないフォルムがたくさんある。もちろん、ワルツも曲の解釈は作曲家の意図に忠実でなければならないが、他の作品にくらべると演奏家により可能性を与えてくれたのだと思う。それを自由に表現したい」
マガロフはプロコフィエフ、ラヴェル、バルトーク、ストラヴィンスキーなどに直接教えを受けたり、共演したりしている。いわば大作曲家と同時代に生きてきたわけだ。
「ストラヴィンスキーの前では『カプリッチョ』を何度も弾いたけど、彼はいつも、自分の作品をどうしてみんなあんなにテクニックを優先して弾くんだろうと嘆いていた。ラヴェルは気難しい人でね、トスカニーニがテンポを指示通り演奏しないといってカンカンに怒っていたよ」
こんな話がポンポン飛び出す。
マガロフのもとにはアルゲリッチ、内田光子、ダルベルト、ルイサダをはじめ、多くのピアニストが悩みにぶつかるとやってくる。
彼らはもちろん技術的には何の問題もない。ただ、演奏家として何かが足りないと感じ、その何かを求めて巨匠の門をたたく。
「私は彼らプロのピアニストに、これといって何か教えることがあるわけではない。作曲家の思想、テンポ、リズムに忠実であれ、とアドヴァイスをするだけ。このごろは忙しくて時間がとれないが、それでもみんな年に1度はやってくるね」
それはそうだろう。ほんの少し話を伺っただけで、なんだか心の奥に温かいものが流れる感じがした。
演奏家は孤独だから、きっと彼のもとでひとときを過ごしただけでまた闘いのステージに飛び出していく勇気を与えられるのではないだろうか。
写真はそのときの記事の一部。夫人は名ヴァイオリニストとして知られるヨーゼフ・シゲティの娘で、シゲティにとてもよく似ている。二人はとても仲むつまじく、ほんのりあったかな空気がただよっていた。


