真の実力派のヴァイオリニストでJ.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番」を聴くと、心身が覚醒し、とりわけ「シャコンヌ」はからだが震えるほどの感動を得る。
10月7日、紀尾井ホールで聴いたクリスティアン・テツラフの演奏は、まさにこの感覚にとらわれ、脳が一気に目覚めた。
テツラフのバッハはおそろしくテンポが速い。それゆえ、こまやかな音を聴き逃すまいと、耳を澄ますことが求められる。
もちろん、バッハの音楽の神髄に迫る演奏だが、こんなにも技巧的に優れ、緊迫感あふれる演奏が展開されると、こちらも集中力を全開にしなくてはならない。
テツラフは非常にストイックで、作品の内奥にひたすら迫り、バッハの音楽の機微を明快に伝えていく。
なんという変幻自在なバッハだろうか。
この日は、次いでバッハの「無伴奏ソナタ第3番」が奏され、後半はバッハの影響が色濃く感じられるクルターグの「サイン、ゲームとメッセージ」から、バルトークの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」がプログラムに組まれた。
テツラフの使用楽器は、ドイツのヴァイオリン製作者ペーター・グライナーの楽器。ホールの隅々まで強靭な音が響き渡り、しかも弱音はすすり泣くような「声」を発していた。
とりわけ、後半の2曲は悲劇性や喪失感、死や戦争などの色合いが濃厚に紡ぎ出された。
アンコールは、バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番第3楽章 アンダンテ」
こういう説得力と存在感のある演奏を聴くと、何日もその音楽が脳裏に居座る。今日もテツラフの音楽を反芻している。