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ポール・ルイス

 こんなにも色彩感に富み、物語性にあふれ、メリハリのしっかりしたシューベルトがこれまであっただろうか。
 今日は、銀座のヤマハホールにポール・ルイスの「シューベルト・ソナタ・シリーズ」第2日目を聴きに行った。
 以前も書いたように、今回はプログラムの曲目解説とともにリサイタルの紹介文も担当したため、演奏を愉しみにしていた。
 ルイスはシューベルトの録音も行っているが、ナマで聴くシューベルトは格別。今日は前半がピアノ・ソナタ第9番、第20番、後半が第21番という構成。
 第9番はあまり演奏される機会に恵まれていないが、ルイスの手にかかると、20歳のときに書かれた作品がみずみずしく生命力を放ち、歌謡的な旋律と舞曲風のリズムが際立つ。
 次いで第20番が登場。これがもう詩情豊かな、戯曲を思わせるような演奏で、ひとつひとつの音の裏にある種の景色が見え隠れし、その内奥へと自然にいざなわれていく。なんという抒情性に満ち溢れたシューベルトだろうか。
 私が常に感動するのは、ルイスのピアノと対峙する美しい姿勢だ。上半身は微動だにせず、ペダルに置いた足もけっしてバタバタしないでとても静かな動きを保つ。ただし、完全に脱力ができた肩から腕、指先までの動きはとてつもない敏捷性を備え、素早く躍動的で、情熱のすべてを見事にコントロールする。
 後半のシューベルトのピアノ・ソナタ第21番は、最高傑作と称される。それをルイスは余分な思い入れを排除し、楽譜にひたすら寄り添い、楽譜の裏側にあるものを浮き彫りにし、シューベルトの晩年の心境をあぶり出していく。
 なんと心に響く、深く熱く上質なシューベルトだろうか。シューベルトのソナタは、ともすると平坦に、単純になってしまいがちだが、ルイスのピアニズムは一音一音が雄弁で説得力に富み、聴き手の心を揺さぶる。2時間というもの、シューベルトに導かれて心の旅に出た気分になった。
  この公演評は、「公明新聞」に書く予定である。
 終演後、楽屋で彼に会うことになり、「こんなシューベルトを聴かせていただき、いま私はすごく幸せ」といったら、「ワ―、うれしいねえ、ありがとう」とにっこり。その笑顔の写真を撮った。

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posted by 伊熊よし子 at 21:34 | マイ・フェイバリット・ピアニスト
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