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菊池洋子

 ピアニストの菊池洋子に会うのは、本当に久しぶりである。
 彼女がJ.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」(エイベックス)を録音したと知り、インタビューに出かけた。
 久しぶりに会ったためか話が弾み、時間が足りないほどだった。
 この記事は、次号の「intoxicate」に掲載される予定である。
 もちろん話の中心は「ゴルトベルク変奏曲」に関してだったが、そこからいま暮らしているウィーンの話へと話題が移った。 
 彼女は2023年3月、ウィーン国立音楽大学の主任教授クリストファー・ヒンターフーバーのアシスタントプロフェッサーに就任し、いまは各国の9名の生徒を教えているという。
 この職を得るためにオーディションがあったそうだが、その対応力の速さと決断力に脱帽する思いだった。
 昨年9月にウィーンで演奏会があり、そのときにたまたまこの職の募集を見つけた。そしてすぐに応募し、4カ月の試験と実践を経て、無事に契約にこぎつけたのだそうだ。
 それも非常に幸運に恵まれていると思うが、住居もまた、ラッキーとしかいいようがない。
 バーデンの手前にあるお宅で、2階に以前ピアノ教授をしていた祖母の部屋があるということで、その部屋の住人を探していたため、ここもすぐに決まったのだという。
 とても親切な家族で、さまざまなサポートをしてくれるそうだ。
 これからはウィーン在住で、地に足の着いた生活ができると歓びの表情を見せていた。
 この話には、とても勇気をもらえた。何でも迷うことなく挑戦し、前に進む努力をすることが大切だと彼女は教えてくれた。
 「ゴルトベルク変奏曲」のリサイタルは、7月から8月にかけて各地で開催され、8月4日にはサントリーホールブルーローズで行われる。
 今日の写真は、インタビュー後のワンショット。「私、ラルフ・ローレンが好きで、今日は上から下まで全部ラルフ・ローレンです」と笑っていた。

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posted by 伊熊よし子 at 22:19 | 日々つづれ織り

伊藤恵

 先日、インタビュー記事を紹介した伊藤恵の「春をはこぶコンサート ふたたび」が、4月29日に紀尾井ホールで開催された。
 今回はオール・ベートーヴェン・プロで、ピアノ・ソナタを5曲。
 前半が第8番「悲愴」、第13番、第14番「月光」。後半が第23番「熱情」、第26番「告別」という、まさに重量級のプログラムである。
 私はいつも伊藤恵のリサイタルを聴くと、あまりにも真摯で率直で深淵な演奏に、つい涙がこぼれてしまうほどの感銘を受ける。
 以前、シューベルトを聴いたときも涙腺が緩み、その表情のまま楽屋に顔を出したら、「あらあ、泣いてくれたの」といわれてしまった。
 今回はベートーヴェンゆえ、その深い音楽性に感動するものの、涙が流れることはなく、初めから終わりまで奏者と一体化し、緊迫感と集中力に支配された。
 これだけベートーヴェンの偉大な作品を聴くと、やはりすごい作曲家なのだと改めて感慨を得る。
 もちろん伊藤恵の研鑽の賜物が全面的に表れており、その深きピアニズムに身も心も浄化するような感覚に陥るのだが、やはりひとつのリサイタルでベートーヴェンのさまざまな面に触れると、えもいわれぬ充実感を得る。
 伊藤恵は終演後にマイクを握り、「もう何も残っていません。これ以上は弾けません」と語った。もちろん、聴衆はこれ以上アンコールなどは期待していない。彼女は、来年のリサイタルでは、ベートーヴェンの後期3大ソナタに挑戦すると発表した。
 そうか、来年は第30番、第31番、第32番が登場するわけだ。とても楽しみである。
 この日はあまりの充足感ゆえ、帰路でも頭のなかがベートーヴェンでいっぱいとなり、電車でひと駅乗り過ごしてしまった(笑)。
posted by 伊熊よし子 at 22:56 | マイ・フェイバリット・ピアニスト

メナヘム・プレスラー

 私の敬愛するピアニスト、メナヘム・プレスラーが5月6日、ロンドンで亡くなった、享年99。何度も演奏会を聴き、インタビューも行い、その音楽性と人間性に魅了されてきた。もう、あの心が温まるような笑顔と深きピアニズム、ゆったりと話す独特の話術に触れることができないと思うと、ことばにできないほど悲しい。

ここでは、以前「公明新聞」に書いた公演評を紹介し、心からご冥福をお祈りしたいと思う。


メナヘム・プレスラー ピアノ・リサイタル


 ドイツ、フランス国家から民間人に与えられる最高位の勲章を授与されたメナヘム・プレスラーは、94歳の現在も世界各地で演奏を行っている現役のピアニストである。その演奏は「同時代に生きていて幸せだ」とつくづく感じさせてくれる滋味豊かな響きを備え、心の奥に温かな感動を残す。

 2017年1016日に東京・サントリーホールで行われたリサイタルのプログラムは、ヘンデルの「シャコンヌ」で幕開け。冒頭の主題がゆったりとした3拍子のリズムで奏でられ、21の変奏がやわらかな弱音で流れる清らかな水のように続く。会場はその弱音を1音でも聴き逃すまいと、静けさに包まれた。

次いで、90歳から始めたというモーツァルトのソナタ全曲録音の第1弾のオープニングを飾る「幻想曲ハ短調K・475」、ピアノ・ソナタ第14K・457が演奏され、まさに余分なものが何もない、精緻で純粋無垢な音楽を生み出し、聴き手の魂を浄化させた。

 後半はドビュッシーの「前奏曲集」第1集から5曲、「レントより遅く」「夢」と続き、ショパンのマズルカ3曲とバラード第3番を演奏。いずれもプレスラーの音楽人生を映し出すような真摯で率直で作曲家にすべてを捧げているピアノで、長年弾き続けてきた円熟味あふれる響きがそこには存在していた。

この夜の演奏でとりわけ印象深かったのは、アンコールに登場したドビュッシーの「月の光」。遅めのテンポで淡々と奏でられるドビュッシーは、1946年のドビュッシー国際コンクール優勝時から弾き続けてきた自家薬籠中の曲。あまりにも美しく清らかな「月の光」に、天上の世界でひと筋の光を浴びているような感覚に陥り、頭を垂れて聴き入った。この感動は何日たっても薄れることはない。


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posted by 伊熊よし子 at 22:16 | マイ・フェイバリット・ピアニスト
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