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エリザベート王妃国際音楽コンクール

  ショパン国際ピアノ・コンクール、チャイコフスキー国際コンクールとともに、世界3大ピアノ・コンクールと称されるエリザベート王妃国際音楽コンクールのピアノ部門で、務川慧悟(28)が第3位、阪田知樹(27)が第4位入賞を果たした。

  コンクールの決勝は通常12人で行われるが、今年はコロナ禍の影響で6人に絞られ、日本人2人、ロシア人3人、フランス人ひとりが本選に臨んだ。優勝はフランスのジョナタン・フルネル(27)。

  務川慧悟はパリ国立高等音楽院、阪田知樹はドイツのハノーファー音楽演劇大学大学院に在籍中。ふたりは東京芸術大学の同期である。

 務川は授賞式後「第3位は光栄。ここから国際的キャリアが開けると思っている。心から満足している」と語り、阪田は「音楽界でもっとも大切なコンクールで入賞させていただけて誇りに思う」と話している。

  コンクールはスタート台。本当の勝負はこれからである。

  ふたりには以前インタビューを行い、演奏を何度も聴いているが、帰国したらぜひ話を聞いてみたいと思っている。

  今後のふたりの活躍に期待したい。

  

posted by 伊熊よし子 at 22:14 | 情報・特急便

海老彰子

  「音楽の友」のショパン特集号のインタビューが続いている。
  先日、海老彰子に話を聞いたが、いつものようにいろんな方向に話題が広がった。
  彼女はもうパリに長く暮らしていて、コロナ禍では何度か日本と往復しているが、そのつど隔離政策に従わなくてはならず、とても大変だそうだ。
  インタビューでは、ショパンやショパン・コンクールに関する話を幅広く聞き、これまで何度かのインタビューでは聞くことのできなかったご両親に関することや、子ども時代の話も聞くことができた。
  このインタビューは、「音楽の友」本誌とショパンに関するムックに書き分けることになっている。
  フランス以外のヨーロッパ各地のコロナ禍における音楽家の現状なども話題にのぼり、とても有意義な時間を過ごすことができた。
  今日の写真は、インタビュー後のワンショット。

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posted by 伊熊よし子 at 22:32 | 日々つづれ織り

田村正和

  もうかなり前のことになるが、田村正和に一度インタビューをしたことがある。音楽関係の新聞のコラムで、音楽家ではない人にクラシックとのかかわりを聞く、という記事の内容だった。
  このコラムでは、俳優や女優、建築家、演出家、アスリート、デザイナー、画家、声優らさまざまな職業の人に話を聞いた。
  そのころ、どんな大物にインタビューしても私はいつも緊張したりしないことから、会社の人たちが「きっと大好きな田村正和だったら、しどろもどろになるかも」と考え、勝手にインタビューの依頼を出した。
  当時、田村正和はニヒルな役からコミカルな役へと役柄を広げているところだった。いつもはインタビューなどには絶対応じない彼が、「音楽の話題なら」と応じてくれた。しかし、ひとつマネージャーから条件が出された。新番組の情報を付け加えてほしいというものだった。
  私は昔から田村正和のテレビではなく、「眠狂四郎」や「乾いて候」などの舞台を見ることが好きだった。ナマの正和さんは、それはそれは美しくクールで、着流し姿は妖艶ですらあった。特に「声」が素敵だった。
  インタビュー当日、会社のみんなが想像した通り、私は汗たらたらになり、あがりまくって、何をいっているのかわからない状態になった。
  そのときは真夏で、正和さんは素肌にグレーのシルクのワイシャツを1枚ポンと、すっきり着こなしていた。「やあ、こんにちは」と、いつも舞台で聞き慣れているあの声でいわれただけで、カーっと頭に血が上り、カメラマンが背後から「ねえ、背中を汗が流れているよ」などというものだから、余計に焦り、もう足はガクガク、どうしたらいいのかわかない。
  こりゃまずい、と判断した私は、ハンドバックから正和さんの大学時代にデビューしたころの写真を取り出し、「実は、私すごく長い間ファンなんです。主として舞台を見ています。今日は仕事なので緊張しまいと思ったのですが、どうもいつもと勝手が違って…」というと、「えっ、舞台を見ているの。ホント? うれしいねえ」といって、「この写真、なつかしいなあ」と、フランクに話し始めた。
  ようやく落ち着いてきた私は、なんとかインタビューを開始した。
  正和さんは、子どものころにピアノを習っていたこと、レッスンが嫌で逃げまくり、先生を弟の亮に押し付けたこと、でも、いまは後悔していて、バリー・マニロウのように弾き語りをしたかったこと、子ども時代の父親との思い出、テレビで野球観戦をするのが好きなことなど、さまざまな話をしてくれた。
  このたった1度のインタビューが、ずっと私の宝物のような存在になった。そのときの写真も大切な財産である。
  インタビューの途中で、「私はニヒルでクールな役を演じる田村さんが好きなので、お父さん役やコミカルな役はあまりやらないでほしい」といったところ、急にシリアスな表情になり「俳優というのはいつも限界を感じて演技しているものなんですよ。僕も針1本の落ちる音が聞こえるような張り詰めた場所で仕事をするのが好きなんですが、実際はそうもいかない。笑いをとったり、コミカルな演技をするのは本当に疲れるけど、どうかわかってほしい。年齢を重ねると、いろんな役に挑戦しないとならないんですよ」と、少し困惑したような、またその暗い表情もグッとくるような感じで語った。
  その田村正和が亡くなった、享年77。謹んでご冥福をお祈りします。
posted by 伊熊よし子 at 21:55 | 終わりよければ…取材奮闘記
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