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ヴァレリー・アファナシエフ

  ヴァレリー・アファナシエフのリサイタルは、いつも新鮮な驚きに包まれる。
  長年、彼の演奏を聴き続け、インタビューを行い、その音楽性と人間性に触れてきたが、すべてが謎めいている。
  昨日は、紀尾井ホールでリサイタルが行われ、前半はハイドンのピアノ・ソナタ第20番、第44番が演奏された。
  アファナシエフのハイドンは、かなり変わっている。
  健康的で明朗でよどみなく音楽が流れる情感あふれる演奏ではなく、きわめて劇的で深遠で哲学的ですらある。
  後半は、まずアファナシエフが得意とするムソルグスキーの「展覧会の絵」で幕を開けた。
  この作品は、アファナシエフの個性と表現力と解釈が存分に発揮されるもので、冒頭のプロムナードからエネルギー全開。それぞれの絵が、あたかも新たな命が吹き込まれたように立体的な様相を帯びて目の前に現れる。
  まるで、アファナシエフがムソルグスキーその人になったように、彼はハルトマンの絵の詳細を音で説明していく。
  そこでは、ロシア・ピアニズムの原点を見出すことができ、さらにアファナシエフがこよなく愛し、尊敬している恩師のエミール・ギレリスの奏法までをも連想させるものがある。
  不思議な時間が流れた。ピアノを大きく豊かに鳴らしているのに、ふとした瞬間の微妙な間が、とてつもない静寂をはらんでいるのである。
  これが聴き手にたまらないほどの緊張感をもたらす。
  最後は、ラフマニノフの前奏曲作品32−12嬰ト短調、ラフマニノフの作品3より幻想的小品集第2曲前奏曲嬰ハ短調が演奏され、ここでもロシアの鐘を大きく鳴らしているような音色を響かせた。
  アンコールは、ショパンのワルツ嬰ハ短調第7番。このワルツ、ショパン・コンクールで弾いたら、あまりにも個性的でみんなが驚愕するに違いない。これこそ、アファナシエフの個性全開である。
  昨日は午後からインタビューが2本続き、かなり疲れてホールに行ったため、ピアノを聴いてゆっくりしようと思ったが、それどころではない。
  アファナシエフを聴いてリラックスしようと思ったのが、そもそものまちがいだ。
  あまりにも演奏に集中し、緊張していたため、どっぷりと疲れた。もちろん、精神的に充実した疲れである。
  でも、アファナシエフって、魅力あるよねえ。
  実は、4月に出版した「35人の演奏家が語るクラシックの極意」(学研)の単行本だが、編集担当のKさんが、私のHPの「音楽を語ろうよ」のアファナシエフの記事を読んで、「ぜひ、単行本を」といってくれたのである。
  それだけ、彼は人を惹きつけるのだろう。
  昨日の演奏も、ちょっとやそっとで忘れられるものではない。
  今日の写真は、以前インタビューしたときのアファナシエフ。表情がシブいよねえ(笑)。

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  でも、こんな表情を見せてくれたこともあります。

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posted by 伊熊よし子 at 17:58 | マイ・フェイバリット・ピアニスト
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