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藤田真央

 第16回チャイコフスキー国際コンクールが終わり、ピアノ部門で藤田真央が第2位入賞に輝いた。
 第1位はアレクサンドル・カントロフ(フランス)が獲得、第2位はドミトリー・シシキン(ロシア)が入り、藤田真央と分け合った。
 最近は、ロシアからのライヴストリーミングを視聴していたため、毎日寝不足だった。
 でも、藤田真央がとても自然体ののびやかで情感あふれるピアニズムを披露して入賞を果たし、寝不足を吹き飛ばしてくれた。
 彼に関しては、ずっと記事を書き続けてきた。
 しかし、コンクール後は大変な取材攻勢となっているようで、今後はしばらくインタビューなども取れなくなりそうだ。
 今日の写真は「東京新聞」の連載が始まったとき、第1回目に藤田真央の記事を綴った紙面。
 すばらしい快挙に、心から拍手を送りたい。

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posted by 伊熊よし子 at 22:23 | 情報・特急便

外山啓介

  ピアニストの外山啓介は、精悍な風貌の持ち主である。
  先日、インタビューに現れたときは、かなり髪が短くなり、アスリートのよう。
「かなりさっぱりしていますねえ」
  というと、
「ちょっと短くしたら、どんどん短くなってしまって…」
  と、笑っていた。
  彼は9月 28日にサントリーホールで、「バッハ  ベートーヴェン  ショパン」と題したピアノ・リサイタルを開く。
  今回はそのリサイタルについてインタビューをしたが、その後は話題がさまざまな方面に広がり、笑いの絶えない楽しいひとときとなった。
  このインタビューは、次号の「ぶらあぼ」に書く予定になっている。
   外山啓介にはデビュー当時から話を聞いているが、ご本人が「ようやく、自分のピアニストとしての活動が仕事として考えられるようになりました」というだけあって、地に足の着いた話し方になってきた。
  もちろん、キャリアを積み重ねてきたことが大きな要因だろうが、自身の内面をしっかり見つめ、それを演奏に反映させるべく日々努力をしている。そんなたのもしい話し方だった。
  私はひとりのアーティストを長く取材し、演奏を聴き続けてくることがもっとも大切だと思っているが、こういう外山啓介のような人に会うと、そうした自分の仕事の在り方が改めて問われる感じがする。
  彼は、レイフ・オヴェ・アンスネスを「神さま」のように思っているそうだ。音楽性も人間性も尊敬と憧憬の対象で、演奏を聴くたびに感動しているという。
 「今度、アンスネスに会ったら、それを伝えるワ。きっとすごく喜ぶと思う」
  というと、
「えーっ、恥ずかしいなあ。昔から本当に敬愛しているので。何もかも素敵ですよねえ」
  こりゃ、本物だ(笑)。うーん、アンスネスに早く伝えなくっちゃ。…
  今回のリサイタルは、J.S.バッハの教会音楽編曲版からスタートし、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」が前半に演奏され、後半はショパンの「プレリュード 第25番」が置かれ、そしてショパンの「12のエチュード」に移る。
  いま、満を持して登場するエチュードである。これまで数曲は演奏してきたが、全12曲を演奏するのは初の試みとなる。
  写真は、熱くショパンを語ったインタビュー後の1枚。それにしても、髪、短かくなったよねえ。ピアニストはステージで汗びっしょりになるから、この方が楽かな。

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posted by 伊熊よし子 at 22:13 | クラシックを愛す

宮沢明子

 先日、宮沢明子の追悼文のような形で「ムジカノーヴァ」の記事を紹介したが、もうひとつ印象に残っている記事があるので、取り上げたい。
  1987年、明子さんのベルギーのご自宅におじゃましたときの「ショパン」の記事である。このときはパリでカメラマンと合流し、アントワープに向かった。記事はここからスタートする。

緑に囲まれたやすらぎの館

 アントワープ中央駅から宮沢さんのご主人(ギイ・クルガールさん・カメラマン)の運転する車で北へ30分。もうオランダとの国境に近い森のなかの閑静な住宅街に着く。日本の感覚からいうと、住宅街というよりは別荘地といった雰囲気。かなり広い庭には、日本のさつきやつつじ、もみじ、しゃくなげなどが整然と植えられている。
「全部日本の家の庭から盗んで来ちゃったの(笑)。これ、よく税関通ったってみんなにいわれるんだけど…。ここは土がいいからよく育つわよ」 
  ここに移ってから今年で5年目。それまではアントワープ市内の街のなかのアパートに住んだり、一戸建ての借家に住んだり…。しかし、ピアノの音にまつわる苦情に疲れ果ててしまった。
「ピアニストっていうのは、午後すごく指の訓練をする人が多いわけ。私も朝はまだねぼけているから、ノクターンとかワルツの練習から入り、午後はすごいテクニックのものを弾く。それで夕方からまた静かなものに戻る。ところが、この午後が全然できない。ベルギーは老人天国で、上の階、下の階からギャンギャンノックされる。おじいさん、おばあさんが『俺たちの命がなくなってもいいのか』って」
  そうこうして移った一軒家の方では、今度まわりの人がゾロゾロ行列してピアノを聴きに来てしまう。まるで見世物。そんなとき、この家と巡り合った。
  宮沢さんはイニシャルがM・M。大好きなミッキー・マウスもM・M。そしてこの家を売り出した人がモリス・メリヤーといって、これまたM・M。何かピンとくるものがあった。なんとこれが家探しを始めて61軒目の家だった。
「この家を初めて見たとき、『ここは私の家だ!』と思ったの。ここで最高に素敵なのは、隣にだれが住んでいるのかわからないこと。ただね、この先に95歳で亡くなった小説家のおじいさんがひとりで住んでいたのは死っていたの。35個部屋がある、いわゆるお城なんだけど、2000万円でいま売りに出ているのよ。ベルギーは50万円でちょっとしたお城なら買えるくらい。あなた、買わない?(笑)」
  なんともうらやましい限りである。ここはあくまでも空気が澄み、まわりは緑一色。鳥の鳴き声と風のそよぐ音以外は何も聞こえず、独占して泳げるプールがあり、食事の際には自家製トマトやポワロー(ニラネギ)が食卓を飾る。
「私、2日間暇ができたとき、日本からここへ飛んで帰って来ちゃったの。この空気吸って、ポケーッとして、また音楽の戦場に戻る。どこの国に行ってもすぐ戻って来ちゃう」
  この通称” 宮沢旅館”はご夫妻だけではなく、ここを訪れる人をみな去りがたくする、一種の魔力をもっているようだ。

  今日の写真は、そのときのページ。いま思い出しても、心が洗われるようだ。 

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posted by 伊熊よし子 at 22:34 | 麗しき旅の記憶
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