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ネルソン・フレイレ

 8月1日、すみだトリフォニーホールにネルソン・フレイレのピアノ・リサイタルを聴きに行った。
 昨年の夏も来日し、得意とする作品で心に響く演奏を聴かせてくれたが、今回は前半にベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」、第31番をもってきて、円熟した手法のベートーヴェンを披露した。
 後半はブラームスの「4つの小品 作品119」からスタート。滋味豊かな情感あふれるブラームスで、淡々と流れる旋律が心に染み入る。次いでドビュッシーの「映像」第1集より「水の反映」、第2集より「金色の魚」が色彩感豊かに奏でられ、最後はアルベニスの組曲「イベリア」第1集より「エボカシオン」「ナバーラ」でエキゾチズムあふれる響きをホールいっぱいにただよわせ、終幕した。
 鳴り止まぬ拍手に応えてアンコールは、パデレフスキの「ノクターン」、グリーグの「抒情小曲集」より「トロルドハウゲンの婚礼の日」、ヴィラ=ロボスの「ブラジルの子供の謝肉祭」より「小さなピエロの小馬」、グルック(ウガンバーティ編)の「精霊の踊り」の4曲。
 フレイレは「精霊の踊り」を愛奏し、何度か耳にしているが、そのつどあまりにも純粋無垢で美しい弱音に涙がこぼれそうになる。
 実は、昨年のリサイタルの公演評を「公明新聞」に書いた。下記にそれを貼り付けたい。

聴き手の想像力を喚起する音楽 2017年9月13日号

 ネルソン・フレイレは何よりも自由を尊重し、自身の好むことだけをしたいと願い、そのときに弾きたい作品だけを演奏する。7月4日すみだトリフォニーホール(東京・墨田区)で行われたリサイタルでは、以前のインタビューで「いまもっとも弾きたいのはバッハ」と話していたJ・S・バッハの前奏曲やコラールで幕開けした。
フレイレの弱音の美しさは敬虔な空気を生み、祈りの音楽をホールの隅々まで浸透させていく。時折、オルガンを思わせる荘厳で肉厚で大規模な音色が顔をのぞかせた。
 続くシューマンの「幻想曲」は楽譜の読みの深さが伝わる円熟した奏法。作品が内包する慟哭の調べ、幻想的で情熱的な曲想、ロマンあふれる詩情豊かな旋律が浮かび上がり、傑作といわれる作品の内奥にひたすら迫っていく。
 フレイレはブラジル出身。次いで登場したヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ」「赤ちゃんの一族」は、祖国の作曲家をこよなく愛す彼の独壇場で、まさに「血で奏でる」自然体のピアニズム、母国語で話すような演奏だった。 
 最後はショパンのピアノ・ソナタ第3番で終幕。作曲家が生きた時代をほうふつとさせる古典的な解釈で、鍵盤をけっして叩かずテンポも実にゆったり。近年よく耳にする、現代のクルマで飛ばすようなアップテンポのショパンではなく、作品が生まれた時代の馬車が行き交うようなテンポの演奏。すべてにおいて作為的なものや余分なものが何もなく、いつしか私の脳裏にはワルシャワ郊外、ジェラゾヴァヴォーラの深い自然に囲まれたショパンの生家が浮かんできた。
フレイレの作り出す音楽は、いずれも聴き手の想像力を喚起する。ヴィラ=ロボスを聴きながら、まだ見ぬブラジルへの憧憬が心の奥にふつふつと湧いてくるのを感じた。

 
posted by 伊熊よし子 at 22:28 | クラシックを愛す
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