ブログ

クラウディオ・モンテヴェルディ

 クレモナは初期バロック音楽最大の作曲家として知られ、歌劇「オルフェオ」を残したクラウディオ・モンテヴェルディ(1567〜1643)の生地である。彼はクレモナ大聖堂の聖歌隊員になり、のちにマントヴァのゴンザーガ侯爵家の楽長となり、やがてヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂の楽長となった。
 現在のクレモナには、モンテヴェルディゆかりの場所はそう多く残されているわけではない。
 今回の出張で、私は数少ない足跡を辿ろうと、取材の合間の自由時間を利用して、聖アボンディオ教会を訪れた。ただし、平日の昼間は扉が閉まっていて、中には入れない。
 イタリア語の通訳&コーディネーターを務めてくれたIさんが神父さまにかけあってくれ、長時間待たされたが、ようやくだれもいない内部に入ることができた。

y3148_R.JPG

 その教会には、モンテヴェルディの洗礼盤と洗礼簿があるはずだった。しかし、すぐには見せてもらえない。じっくり待っていると、鍵をジャラジャラいわせて教会の番人が入ってきて、洗礼盤の扉を開けてくれた。

y3141_R.JPG

 神父さまは、私があまりにも感動していたため、「じゃ、内部も見せてあげようか」といって、洗礼盤のふたを開けて中を見せてくれた。この中に聖水を入れるのだそうだ。モンテヴェルディは1567年5月にその洗礼を受けている。

y3143_R.JPG

 やがて神父さまの後について中庭を経由して別の建物の上の階に上がると、また大きな扉があり、特別にそこを開けてくれた。
 そこにはガラスで覆われたケースがあり、モンテヴェルディの洗礼簿が保管されていた。上から2番目に、「モンテヴェルディ」の文字をはっきり見ることができる。

y3142_R.JPG

 この間、わずか15分ほど。だが、私にはとても長い時間に感じられた。まるで16世紀にタイムスリップしたようで、モンテヴェルディの時代にいざなわれたような感覚にとらわれたからである。
 最初、だれもいない暗い教会に入った途端、33度を越す外気からひんやりした空気のなかに突然迷い込み、とまどいを隠せなかったが、神父さまが「エミーリオ!」と大きな声で呼び、番人が腰にぶらさげた鍵の束をジラジャラいわせて入ってきたときは、まるで「トスカ」の冒頭のシーンのようだと錯覚してしまった。
 このほか、モンテヴェルディの像を巡ってあちこち散策した。残されている資料で見る顔に似ている像もあれば、現代的にデフォルメされた像もあった。

y3146_R.JPG

y3145_R.JPG
 
 
 
 
posted by 伊熊よし子 at 21:57 | 麗しき旅の記憶
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
検索ボックス