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セルゲイ・カスプロフ

 ロシア・ピアニズムの真の継承者だが、伝統に自由さを加えたユニークな奏法を得意とするセルゲイ・カスプロフ。
 彼の演奏は旧ソ連の響きを備えているといわれ、2008年のリヒテル国際ピアノコンクールでは、審査委員長を務めたヴァレリー・アファナシエフに絶賛され、モスクワ市政府賞を受賞した。このほかにも、数々のコンクールで入賞に輝いている。
 初来日は2015年。ピアノ好きをうならせる個性的で深い思考に根差した演奏を披露し、一気にファン層を広げた。
 今日は3度目の来日を果たし、東京文化会館小ホールでリサイタルが行われた。
 カスプロフは常に作品と作品の間に関連性を持たせたプログラムを組んでいるが、今回は「3つのソナタと変奏曲」と題し、前半にハイドンの「アンダンテと変奏曲 ヘ短調」とベートーヴェンのピアノ・ソナタ第23番「熱情」を組み、後半はベルクのピアノ・ソナタ作品1とリストのピアノ・ソナタ ロ短調が演奏された。
 いずれも楽器を存分に鳴らし、豊かな歌を奏でる強音と頬をなでる微風のような弱音が交錯するもので、ダイナミズムの広さが印象的。確かにピアノを弾いているのだが、その演奏からは多彩な楽器の響きが聴こえ、あるときはシンフォニーのようでもあり、ときにオペラのようでもある。
 極度の集中力に支配され、ステージに登場する様子も演奏中も、余分なパフォーマンスはいっさいなし。ただひたら音楽に身を捧げる修行僧のようでもある。
 変奏曲とソナタ3曲を聴き、こちらも集中力を要求されたためか、アンコールでは一気に開放された。曲は、ショパンの「スケルツォ 第1番」、スカルラッティのソナタ ホ長調、ヴィラ=ロボスの「赤ちゃんの一族 第1組曲」より「道化師」。
 カスプロフはスカルラッティを好んで演奏しているが、今日の演奏もピアノの響きを存分に生かした、生き生きとしたスカルラッティだった。
 この後、銀座のヤマハのスタジオに場所を移してインタビューを行った。
 彼は、モスクワ音楽院でアレクセイ・リュビモフに師事し、現在は恩師の助手を務めている。それゆえ、ロシア・ピアニズムの源流について、その伝統の継承について、さらに子ども時代のピアノとのかかわり、プログラムの考察など、さまざまな角度から話をしてもらった。
 演奏は非常に尖鋭的で旧ソ連の空気を伝えるものだが、素顔はとてもおだやかで真摯で話好き。とても時間内では語りきれないというように、雄弁に話してくれた。
「じゃ、その続きは、また今度の来日時に話してくださいね」
 こういうと、「2019年にまたきますよ」とのこと。
 このインタビューは、ヤマハのWEB「ピアニスト・ラウンジ」に書く予定である。
 今日の写真は、ピアノに向かうカスプロフ。私が今回のプログラムの関連性について聞くと、すぐにピアノのところにいって、「ほら、この曲のここと、この曲のここは似ているでしょう」と、実践で聴かせてくれた。




 リサイタルでは、とてつもなく長い指の持ち主だと思ったが、彼は足も細くて長い。その長身を折り曲げるようにして、ピアノと対峙する。



 もう1枚は、「ブログ用に写真をください」といって撮影した1枚。カメラマンのMさんが、照明を工夫してくれたため、本人も「おおっ」と喜びの声を上げたほど、いい表情に撮れた。



 カスプロフは録音にも積極的で、古楽器も演奏するためレパートリーは膨大。それらを次々にレコーディングしている。
タグ:"Yoshiko Ikuma"
posted by 伊熊よし子 at 22:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | アーティスト・クローズアップ

シーズン到来

 9月に入り、いよいよクラシック・シーズンが始まった。
 今年も来日ラッシュで、明日からはピアニストのリサイタルとインタビューが続き、9月17日には大阪のいずみホールにルドルフ・ブッフビンダーの演奏を聴きにいくことになっている。
 これはいずみホールとウィーン楽友協会提携企画のコンサートで、第1日(17日)はピアノ・リサイタル、第2日(20日)はピアノ・トリオ、第3日(23日)はコンチェルトが予定されている。
 ブッフビンダーのあらゆる面が楽しめる企画で、このプログラムの原稿を担当したため、今回は初めていずみホールに出かけることになったのである。
 この日は、バイエルン国立歌劇場の来日記者会見が行われるのだが、残念ながら出席することができない。キリル・ペトレンコ、クラウス・フロリアン・フォークト、マティアス・ゲルネら主要メンバーがみんな参加するのに、返す返すも残念である。
 もうひとつ残念なのは、記者会見前の15時から、ペトレンコ指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団の特別演奏会が東京文化会館で行われ、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」(ピアノはイゴール・レヴィット)、マーラーの交響曲第5番が演奏される。これも聴くことができない。
 まあ、大阪にいるのだから仕方ないけど、いいコンサートって重なるときは重なるものなのよね。
 それにしても、ペトレンコはコンサートを終えてからすぐに記者会見に臨むわけで、非常に多忙な一日となる。彼はこれまであまりインタビューや取材に応じることなく、その素顔は謎というか、ちょっとミステリアス。
 こういう人ほど、インタビューをしてみたいとウズウズするが、今回はちょっと無理そうだ。
「タンホイザー」を聴くことで満足しなければね。
 私のまわりは「魔笛」と両方を聴く人が多く、バイエルン国立歌劇場の来日は、今秋一番のビッグなニュースである。
 私は「タンホイザー」の初日の21日に、NHKホールに行く予定。いまからわくわくしている。9月は密度濃いひと月になりそうだ。
 
  
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posted by 伊熊よし子 at 22:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | クラシックを愛す

シューベルトの生家

 いま、シューベルトの録音のライナーノーツを書いている。こうした原稿を書くうちに、私の脳裏には、シューベルトの家が浮かんできた。 
 昨秋、ウィーンに出張した際、シューベルトの生家を訪ねたときのことがまざまざと蘇ってきたのである。
 ウィーン第9区ヌスドルファー通り54番地に現存する家は、1797年にシューベルトが生まれたところ。1801年秋までの4年半を過ごしたと伝えられている。
 ここは現在シューベルト博物館となっており、見学することが可能である。シューベルトが使用した日常品や楽譜、楽器、肖像画、胸像などの遺品が展示されていて、とても興味深い。
 シューベルトは幅広いジャンルの創作を手がけたが、特に「歌曲の王」と呼ばれるように、この分野で豊かな表現力に富む作品を数多く残した。31歳の短い生涯の間に書かれたドイツ・リート(歌曲)は、630曲にもおよぶ。
 シューベルトは詩を大切にした人で、リートに用いた作詞者は100名をくだらない。もっとも多いのはドイツの文豪ヨハン・ウォルフガング・ゲーテ。シューベルトは作曲したものをゲーテに送ったが、これに対して文豪は冷ややかな反応しか示さなかった。作品には「糸を紡ぐグレートヒェン」「ミニョンに」「さすらい人の夜の歌」「野ばら」「魔王」「はるかなる恋人に」などがある。
 シューベルトは詩を読みながら、それをどんな音楽に結びつけるかを考えているときが一番幸せだった。どんなに貧しくても、体調が思わしくなくても、ウィーンの音楽界が真の実力を認めてくれなくても、ピアノに向かって作曲していれば、何もかも忘れることができたという。
 そんなシューベルトの真摯でおだやかで自然体の性格が、この生家で育まれたのだろう。
 家は、当時の馬車が入れるようにと高い門があり、それをくぐると広い中庭が見えてくる。その庭は当時の様子をいまに伝えるように、豊かな緑に覆われ、ひっそりと静かだ。
 家の内部も、シンプルで素朴な雰囲気。こうした作曲家ゆかりの場に足を踏み入れると、そこには遠い存在ではなく、実際に生きて活動していた作曲家の息吹をリアルに感じることができる。
 今日の写真は、シューベルトの使用していたメガネ、胸像、弾いていたギター、生家の外観。







タグ:"Yoshiko Ikuma"
posted by 伊熊よし子 at 22:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 麗しき旅の記憶
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