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新譜の届く時期

 毎月、中旬から下旬にかけて、レコード会社各社から新譜が送られてくる。
 それをひとつずつ選り分け、新譜紹介やレビュー、ニュース、情報などを書くものとして整理していく。
 実は、これがとても時間のかかる仕事なのである。
 もちろん、すぐに聴いてみたいものがあり、整理どころか即座に音出しの状態となる。
 新譜をじっくり聴く時間というのは限られているため、たとえば京都に行く新幹線のなかで聴くということも多い。
 来日記念盤もあり、そういうCDは、コンサート前にいち早く聴いておかなければならない。そして、コンサートに期待がかかるというわけだ。
 今日の夕方、久しぶりにジムにいってからだを動かし、トレーナーのHさんに、「まだこれから仕事ですか?」と聞かれた。
「ええ、新譜がたくさん届いているし、それを聴いて原稿を書かなくてはならないので、夜遅くなると思う」と答えると、あきれたような、困惑したような表情をされた。
「本当は、ストレッチをきちんとしたので、からだを休めるといいんですけどね」
 そりゃあ、もう十分にわかっています。でも、締め切りはそんなに延ばせないし、録音を聴く時間も必要。だから、いつも夜中になってしまうんだよね。
 さて、明日と明後日はインタビューが続く。
 その準備もしないとね。やれやれ、やっぱりストレッチの効果は薄まっちゃうかな…。
 
タグ:"Yoshiko Ikuma"
posted by 伊熊よし子 at 22:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | クラシックを愛す

マティアス・ゲルネ

[ヤマハWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」]2014年7月23日

[アーティストの本音トーク マティアス・ゲルネ ?]


 マティアス・ゲルネはひとつの歌曲をうたうとき、徹底的に作品を研究し、歌詞の内容に寄り添い、ピアニストとの音の融合を図り、旋律と詩との有機的な結びつきを極めていく。
 そこには完璧主義者としての顔がのぞく。それは子ども時代に培われた性格なのだろうか。
「子ども時代はワイマールで過ごしました。とても自由で、いま思い出してみると、独特の空気に包まれていたような感じがします」
 ゲルネはこういって、目を遠くに泳がせるような表情をした。それは自身の思い出をたどっているようにも見えた。
「ごく最近、おもしろいことがあったのです。母が1枚の古い写真を送ってくれたのですが、もうそれを見た途端に爆笑してしまいましたよ。すっかり忘れていたんですが、急にそのときのことが鮮やかに蘇ってきました」
 それはゲルネが3歳のころの写真で、幼稚園のカーニヴァルに参加したときのものだった。その日は、みんなが仮装することになっていた。
「母は私に“何になりたいの“と聞きました。インディアン、カウボーイ、パイロットなどと聞くのですが、私はいやだいやだといったんです。どれも私か着たいコスチュームではありませんでしたから。母は困惑して、”じゃ、いったい何になりたいの“と聞きました。すると私は、はっきり”赤ずきんちゃん!”といったのです。母は驚いて“な?に、本当に赤ずきんちゃんがいいの”と再度聞きました。私はハイと答え、赤ずきんちゃんのコスチュームを着てカーニヴァルに参加したわけです。母が送ってくれたのは、そのときの写真だったんですよ(笑)」
 ゲルネの話を聞いた途端、インタビューに居合わせた全員が大笑いし、しばらく笑いが止まらなかった。ぜひ、その写真を見せてほしいものだ。
 体躯堂々としたゲルネが、幼少時代に「赤ずきんちゃん」に変装したとは、想像を絶する。彼はそんな子ども時代を「独特の空気」ということばで表現したのだろう。
「すごくいい子ども時代だったと思います。私の要望したことがそのまま“いいよ”といわれる環境だったわけですから。子どもというのは、はっきりした希望をもっているため、それが受け入れられることがとても重要になります。私はけっして子どもらしさの芽を摘まれることがなかったのです。そう、折られることがなかった。親が子どもに何かを強制したり、否定したりすることがなかったんです」
 それはライプツィヒで最初に師事した声楽の先生、ハンス=ヨアヒム・バイヤーの教えにも共通していたことだという。
「先生は、お前はダメだとか、個性をいじる人ではありませんでした。何が正しいか、何が正しくないかを教えてくれ、まちがっていることははっきり指摘されました。私は子どものころからとてもわがままな性格で、一度いやだと思ったら絶対に引かない。そんな私を先生はよりよい方向へと導いてくれました」
 そうした子ども時代に培った精神は、いまなお彼の仕事ぶりに現れ、シューベルトの録音シリーズでも大いに発揮されている。
 さらに次なる大きなプロジェクトとして、シューベルトの「冬の旅」を京都賞を受賞した南アフリカの美術家、ウィリアム・ケントリッジの映像とのコラボレーションでうたうという計画も進められている。
 これは6月9日にプレミエが行われ、ウィーン、エクサンプロヴァンス、アムステルダム、パリ、ニューヨーク、ドイツの各都市などで5年間にわたって展開されるプロジェクト。ドイツ・リートの新たな地平を拓くゲルネの挑戦は、ここからまた快進撃が続く。
「このプロジェクト、ぜひ日本でも実現させたいんですけどね」
 目力の強いゲルネの表情が、なお一層強い光を放って見えた。
 



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posted by 伊熊よし子 at 14:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー・アーカイヴ

マティアス・ゲルネ

[ヤマハWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」]2014年7月17日

[アーティストの本音トーク マティアス・ゲルネ ?]

 マティアス・ゲルネは自身が完璧主義者ゆえ、リートで共演するピアニストに対しても非常に要求が高い。実際に、ピアニストにはどんな演奏を希望するのだろうか。
「私はピアニストではないし、あまりピアノは上手ではないのですが、これまで数多くのすばらしいピアニストとの共演を重ねてきましたので、ピアノに対する理解は深まっています。テクニック面では何もいえませんが、結局、ピアノの技術というのはその人の内面がすべて現れるものだと思います。その内面と私の音楽に対する姿勢が、お互いに正しいものだと判断できれば、多くのことが可能になるわけです」
 ゲルネは2001年から2005年までデュッセルドルフのロベルト・シューマン音楽大学で名誉教授を務め、歌曲科で教鞭を執っていたこともあり、そのときにも声楽専攻の学生とともにピアノ専攻の学生による演奏も多数聴いている。そうした経験を踏まえ、ゲルネは「指導するときは、歌手のみならず広い視野に立って教える」という。
「実は、3週間後にハンブルクでコンサートが予定されているのですが、そこにとても才能のあるヴァイオリニストがピアニストとやってくるため、その指導をすることになっています。もちろん、私はヴァイオリニストではないため、弦楽器の技術は教えられませんが、彼らと一緒にヴァイオリン作品の勉強をします。フレージングやアーティキュレーションに関しては、いずれの作品にも共通項がありますからね。豊富な経験と、楽譜の深い読み、そして豊かな音楽性をもった音楽家は、作品全体を見渡す目が備わっているものです。そうした目は、ひとつの作品の大きな鳥瞰図を描くことができます。私はそれを目指しているのです。指揮者がコンチェルトの演奏でピアニストやヴァイオリニストとともにいい音楽を作り出そうとするのは、そうした考えに基づくもので、そこでは指揮者の解釈が問われます。私もそれと同様のことを試みようとしているわけです」
 ゲルネは、2008年からシューベルトの歌曲を網羅した録音プロジェクトを実践している。これは全11巻で構成され、巻ごとに彼が信頼を寄せているピアニストと共演する形を取っている。現在は8巻まで進行し、2014年秋には「冬の旅」がリリースされる予定だ(キングインターナショナル)。
「このプロジェクトは私がすべて計画し、レコード会社に提案しました。ピアニストに関しても、この巻はこのピアニストというように決めてアイディアを出したのです。各巻のプログラムは、ピアニストに合わせて作ったといった方が的確かも知れません。長年、多くのピアニストと共演していますし、よく知っている人ばかりですから、この曲はこの人だな、とわかるのです」
 ピアニストのスケジュールもあるのだろうが、ゲルネはあらかじめこの人と決めて事後承諾で計画を進めたそうだ。この強引とも思えるほどの実行力、確固たる自信、積極性、説得力など、ゲルネの「自分を信じる」「正しいと思うことをする」という信念は、いっさい迷いがない。その強い気持ちが全面的に演奏に反映し、聴き手を納得させてしまう。
 さて、次回の最終回は爆笑ものの子ども時代の話と、次なる夢を語ってもらいたいと思う。

 今日の写真は、2016年2月の来日公演で共演したピアニスト、アレクサンダー・シュマルツと。


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posted by 伊熊よし子 at 14:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー・アーカイヴ
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