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全仏オープン

 今期、好調なスタートを切り、現在のクレーコートシーズンをスキップしているロジャー・フェデラーが、5月28日に開幕する全仏オープンを欠場すると発表した。
 全仏オープンは、昨年に続いて2年続けての欠場。「ツアーでこの先何年もプレーするには、クレーコートシーズンは出場せず、芝とハードコートのシーズンに向けて準備するのが最善と判断した」と説明している。
 昨年のケガから復帰し、全豪オープンとインディアンウェルズ、マイアミと優勝を飾り、往年の強さが戻ったといわれているフェデラー。しかし、彼はクレーコートはからだへの負担が大きいと判断し、すでにウィンブルドンに照準を合わせているようだ。
 今日のニュースを聞き、私の脳裏には2007年のノルウェー出張のときの様子が蘇ってきた。 
 このときは、グリーグの足跡をたどり、ベルゲンからフィヨルドを北上してロフトフースまで足を延ばしたのだが、そこではグリーグの作曲小屋が庭に移築されているホテル・ウレンスヴァングに宿泊した。
 そのときの模様は、単行本「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」に詳しく綴ったが、この本には書かなかったことがある。
 実は、ノルウェーにいったのは、5月28日から6月7日。ちょうど全仏オープンの開催時だった。
 ベルゲンにいたときは忘れていたのだが、ロフトフースのホテルでニュースを見ようとテレビをつけたら、なんと、フェデラーの試合の真っ最中だった。
「あらら、どうしよう。これは応援しなくっちゃ。でも、取材に出かけなくてはならないし…」
 ほんの短い時間だったが、ロフトフースでフェデラーを観戦するとは思わなかった。
 私はホテルの部屋の写真を撮ることはほとんどないが、このときはあまりにも窓の外の景色がすばらしいため、少しだけ撮影した。
 こういう景色を見ていると、どこからかグリーグの曲が聴こえてくる感じがする。フィヨルドは、海でも湖でも川でもない不思議な存在。氷河によって削られた谷に海水が流れ込み、氷の爪あとのようなフィヨルドが形成された。波はほとんどなく、鏡のような静かで透明感あふれる水である。
 今日の写真は、ホテルの部屋とテレビに映っているフェデラー、そして眼下に見られるグリーグの作曲小屋。この小屋が見える部屋を用意してくれたホテルのオーナーに、ひたすら感謝である。







 
 
 


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posted by 伊熊よし子 at 17:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | ロジャー・フェデラー

佐藤俊介

 ヨーロッパ在住のヴァイオリニスト佐藤俊介は、2013年より名門古楽アンサンブルのオランダ・バッハ協会のコンサートマスターを務めている。
 その彼が、長年に渡って音楽を監督を務めているヨス・ファン・フェルツホーフェンの後任として、2018年6月1日に同協会の音楽監督に就任することになった。
 2021/22年シーズンに創立100周年を迎えるオランダ・バッハ協会は、33歳の若き音楽監督(就任時)を迎えることになり、日本の若手演奏家が音楽監督に就任するのは異例のこととなる。
 佐藤俊介は1984年東京生まれ。2歳のときに才能教育教室でヴァイオリンを始め、4歳から父親の米国留学のために渡米。ニューヨーク、そしてパリで学び、国際コンクールでも好成績を残している。
 なかでも、2010年7月にライブツィヒで開催されたヨハン・セバスティアン・バッハ国際コンクールのヴァイオリン部門(バロックとモダン楽器奏者を合わせて審査)において銀賞と聴衆賞を受賞したことが記憶に新しい。
 その後、録音にも積極的に取り組み、近年では世界初のガット弦による「パガニーニ/24のカプリース」(ユニバーサル)をリリースしている。
 佐藤俊介はソロ、室内楽、オーケストラでの演奏と幅広く活躍しているが、オランダ・バッハ協会では何度も指揮も行っている。ただし、指揮者として前に立つ形ではなく、コンサートマスターとしてのポジションで弾き振りを行っているのである。
 バッハは、ヴァイオリニストまたはチェンバリストとしてオーケストラのメンバーたちをリードしながら指揮していたとされる。佐藤俊介は、まさにその形を引き継いでいるようだ。
 彼は「コンサートマスターとして、オランダ・バッハ協会で演奏をスタートした日から、物怖じせずのびのびと演奏できました。すばらしい音楽家が集まってひとつのチームとなっているオランダ・バッハ協会は、ヨス・ファン・フェルツホーフェンが35年間じっくりとプロに仕上げた名声ある楽団です。この理事会と同僚の楽員たちが私を選んでくれたことは、とても光栄で嬉しいです」と語っている。
 実は、もうかなり前の2008年2月、「朝日カルチャーセンター」の「グリーグを愛す」と題する講座で佐藤俊介とトークを行ったことがある。
 インタビューでは何度か話を聞いていたが、こうした対談形式は初めて。もちろん演奏も披露してもらった。
 当時もすばらしい才能の持ち主だと思ったが、あれからより成長し、いまや偉大なポジションを任されるまでになった。感慨ひとしきりである。
 佐藤俊介は6月にコンサートで帰国するため、そのときに久しぶりにインタビューをしたいと思っている。きっと自信に満ち、成熟した様子が見られるに違いない。演奏と話が楽しみである。
 今日の写真は、佐藤俊介のオフィシャル写真。(ⓒ Yat Ho Tsang)


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posted by 伊熊よし子 at 21:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報・特急便

とらや牛肉店

 いつもお肉料理が食べたくなると、すぐににしおぎ北銀座街の「とらや牛肉店」に出向く。
 このお肉屋さんは、平日でも夕方近くなるとほとんどの商品がなくなってしまうため、なるべく早くいかなくてはならない。
 しかし、そこは個人商店のいいところ。
「エーッ、今日はもう合いびき肉は終わっちゃったの?」
「豚赤身肉の薄切りは、もうないんですか?」
 こんなお客さんの声に応えて、「ちょっとお待ちいただければ、作りますよ」といってくれる。お店の奥で、すぐに用意してくれるのである。
 今日も雨のなか、3時過ぎにいったら、半分以上の商品が売り切れていた。
 西荻に引っ越してから、ここのお肉以外は買わなくなってしまった。それほどおいしいし、ていねいに作られている。
 豚の赤身ひき肉はほとんど脂がないし、牛のしゃぶしゃぶ用のお肉も、豚のひれ肉も、すき焼き用のお肉も、すべておいしくて安心して食べられる。
 牛カツやシャリアピンステーキなど、下ごしらえがしてあって、あとは家で焼くだけという商品も人気だ。
 日曜日がお休みのため、土曜日にいってまとめ買いすることも多い。
 とにかく、毎日新しいお肉が店頭に並び、その日のうちに売れてしまう。
 そしてひき肉を買うだけでも、売り切れていると嫌な顔ひとつせず、すぐに挽いてくれる。こんなお店、なかなかあるものではない。
 というわけで、私は自分でいうのもなんだが、常連さん(?)だ。家族経営のようで、みんなと顔見知りになっている。
 今日の写真は、とらや牛肉店の外観。牛肉店の名の通り、各地の牛肉をより合わせた「合わせ切り」というお肉があり、お買い得である。


 
 
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posted by 伊熊よし子 at 22:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 西荻はおいしい
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