2017年04月30日
ラファウ・ブレハッチ
ラファウ・ブレハッチがザルツブルク音楽祭デビューを果たしたのは、2008年8月15日のこと。この記念すべきリサイタルを聴くことができたのは、本当に幸運で、いまでも明確な記憶となって脳裏に焼き付いている。
当日は、19時半からモーツァルテウムのグロッサー・ザールでリサイタルが行われた。プログラムはJ.S.バッハの「イタリア協奏曲」、リストの「演奏会用練習曲」 、ドビュッシーの「版画」、そしてショパンの「夜想曲op.62」とピアノ・ソナタ第3番だった。
毎年、ザルツブルク音楽祭のデビュー・リサイタルは注目を集めるが、この年は2005年のショパン国際ピアノ・コンクールの優勝者が登場することで話題を集めていた。
モーツァルテウムのステージに姿を現したブレハッチは、リラックスしたおだやかな表情を見せていた。やわらかな笑みをたたえながら静かにピアノの前にすわると、即座に「イタリア協奏曲」を弾き始める。
彼は幼いころから教会のオルガンでバッハを弾いてきた。「イタリア協奏曲」も長年愛奏し、血となり肉となっている作品。輝かしく華やかな第1楽章は主題を前面に浮かび上がらせながら急速なテンポで弾き進め、美しい緩除楽章ではゆったりと独奏ヴァイオリンのアリアを思わせるような歌心を発揮、終楽章ではロンド主題を軽快かつ力強く奏で、オルガンで培った音の厚みを表現した。
次いでリストの「2つの演奏会用練習曲」「3つの演奏会用練習曲」より「森のささやき」「軽やかさ」「小人の踊り」が軽快なタッチと疾走するようなテンポで奏でられ、さらにドビュッシーの「版画」へと続いた。
これら前半のプログラムは2007年の日本公演で演奏されたもの。あれから1年が経過し、すべての作品が一層弾き込まれ、磨き抜かれ、作品の内奥に迫る洞察力の深さを示していた。それらはあたかも細部までこまやかな神経を張り巡らして織り込んでいくタピストリーのような繊細さと緻密さを見せ、ホールを埋め尽くした聴衆の集中力を促した。
真価が発揮されたのは、やはり後半のショパンだった。「2つの夜奏曲」、ピアノ・ソナタ第3番はショパン・コンクール覇者の名に恥じない安定感と説得力のある演奏で、耳の肥えたザルツブルク音楽祭の聴衆から「ブラボー!」の声と嵐のような喝采を引き出した。
「権威ある音楽祭で演奏することができ、とてもうれしい。満員になってよかった(笑)。以前日本で弾いた曲目をより高度なレヴェルにもっていけるよう、練習を重ねてきました」
翌日のインタビューでは、彼は落ち着いた自信に満ちた表情を見せていた。当時は欧米各地での演奏が目白押しだったが、「年間40回以下に抑えている」と語っていた。じっくりと勉強したいからだという。
このときのプログラムは、各作品に潜む哲学的な深さ、内面性、有機的なつながりを考慮して選曲したという。実は、この夜初めてポリーニのリサイタルを聴くといっていた。それに触発され、「ショパンのピアノ・ソナタ第2番に着手するかも」と笑っていた。当時はゲルギエフ、ヤンソンス、プレトニョフらと共演の予定がびっしり。ヨーロッパでは、自ら車を運転して回っていた。
そんなブレハッチは4歳から教会でオルガンを弾き、バッハの音楽に親しんできた。実は、このときに聴いた「イタリア協奏曲」をメインに据えたバッハ・アルバムがリリースされた。「パルティータ第1番」「4つのデュエット」「幻想曲とフーガ イ短調」「パルティータ第3番」が収録され、最後はアンコールのように「主よ、人の望みの喜びよ」(マイラ・ヘス編)で締めくくるという趣向だ。
ブレハッチの自然で躍動感に満ち、天空に飛翔していくようなバッハは、彼の特質を存分に描き出している。心身が浄化されるような演奏はオルガンの響きにも似て、幸福感に包まれる。
ブレハッチは今秋来日し、9月30日から10月10日まで全国でリサイタルを開く。バッハ、ベートーヴェン、ショパンというプログラムだ。先日、この来日公演のチラシ原稿を担当した。またひとまわり大きくなっているブレハッチの演奏を聴くことができるのは、本当に楽しみである。
今日の写真は、バッハ・リサイタルのジャケット写真(ユニバーサル)。

当日は、19時半からモーツァルテウムのグロッサー・ザールでリサイタルが行われた。プログラムはJ.S.バッハの「イタリア協奏曲」、リストの「演奏会用練習曲」 、ドビュッシーの「版画」、そしてショパンの「夜想曲op.62」とピアノ・ソナタ第3番だった。
毎年、ザルツブルク音楽祭のデビュー・リサイタルは注目を集めるが、この年は2005年のショパン国際ピアノ・コンクールの優勝者が登場することで話題を集めていた。
モーツァルテウムのステージに姿を現したブレハッチは、リラックスしたおだやかな表情を見せていた。やわらかな笑みをたたえながら静かにピアノの前にすわると、即座に「イタリア協奏曲」を弾き始める。
彼は幼いころから教会のオルガンでバッハを弾いてきた。「イタリア協奏曲」も長年愛奏し、血となり肉となっている作品。輝かしく華やかな第1楽章は主題を前面に浮かび上がらせながら急速なテンポで弾き進め、美しい緩除楽章ではゆったりと独奏ヴァイオリンのアリアを思わせるような歌心を発揮、終楽章ではロンド主題を軽快かつ力強く奏で、オルガンで培った音の厚みを表現した。
次いでリストの「2つの演奏会用練習曲」「3つの演奏会用練習曲」より「森のささやき」「軽やかさ」「小人の踊り」が軽快なタッチと疾走するようなテンポで奏でられ、さらにドビュッシーの「版画」へと続いた。
これら前半のプログラムは2007年の日本公演で演奏されたもの。あれから1年が経過し、すべての作品が一層弾き込まれ、磨き抜かれ、作品の内奥に迫る洞察力の深さを示していた。それらはあたかも細部までこまやかな神経を張り巡らして織り込んでいくタピストリーのような繊細さと緻密さを見せ、ホールを埋め尽くした聴衆の集中力を促した。
真価が発揮されたのは、やはり後半のショパンだった。「2つの夜奏曲」、ピアノ・ソナタ第3番はショパン・コンクール覇者の名に恥じない安定感と説得力のある演奏で、耳の肥えたザルツブルク音楽祭の聴衆から「ブラボー!」の声と嵐のような喝采を引き出した。
「権威ある音楽祭で演奏することができ、とてもうれしい。満員になってよかった(笑)。以前日本で弾いた曲目をより高度なレヴェルにもっていけるよう、練習を重ねてきました」
翌日のインタビューでは、彼は落ち着いた自信に満ちた表情を見せていた。当時は欧米各地での演奏が目白押しだったが、「年間40回以下に抑えている」と語っていた。じっくりと勉強したいからだという。
このときのプログラムは、各作品に潜む哲学的な深さ、内面性、有機的なつながりを考慮して選曲したという。実は、この夜初めてポリーニのリサイタルを聴くといっていた。それに触発され、「ショパンのピアノ・ソナタ第2番に着手するかも」と笑っていた。当時はゲルギエフ、ヤンソンス、プレトニョフらと共演の予定がびっしり。ヨーロッパでは、自ら車を運転して回っていた。
そんなブレハッチは4歳から教会でオルガンを弾き、バッハの音楽に親しんできた。実は、このときに聴いた「イタリア協奏曲」をメインに据えたバッハ・アルバムがリリースされた。「パルティータ第1番」「4つのデュエット」「幻想曲とフーガ イ短調」「パルティータ第3番」が収録され、最後はアンコールのように「主よ、人の望みの喜びよ」(マイラ・ヘス編)で締めくくるという趣向だ。
ブレハッチの自然で躍動感に満ち、天空に飛翔していくようなバッハは、彼の特質を存分に描き出している。心身が浄化されるような演奏はオルガンの響きにも似て、幸福感に包まれる。
ブレハッチは今秋来日し、9月30日から10月10日まで全国でリサイタルを開く。バッハ、ベートーヴェン、ショパンというプログラムだ。先日、この来日公演のチラシ原稿を担当した。またひとまわり大きくなっているブレハッチの演奏を聴くことができるのは、本当に楽しみである。
今日の写真は、バッハ・リサイタルのジャケット写真(ユニバーサル)。
