2017年03月24日
伊藤恵
「よく最後の晩餐に何を食べたいですか、と聞かれる話はありますが、今夜のプログラムは最後に弾きたいと思う作品を演奏しました。でも、これからもまだ100年くらいはビアノを弾いていきたいため、これが最後ではありません(笑)」
今日は、伊藤恵が銀座のヤマハホールでリサイタルを行った。
プログラムは、前半が彼女のライフワークともいえる作曲家、シューマンの「幻想小曲集」、そして高い頂をひたすら極めていくベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番。後半は、いまもっとも魂を注ぎ込んでいるシューベルトのピアノ・ソナタ第20番。
まさに、最後の晩餐ならではの熟成された音楽で、ひとつひとつの作品が聴き手の心の奥深く浸透し、作曲家の真意を伝えた。
いつも伊藤恵のピアノを聴くと、私は胸がいっぱいになるというか、心の奥深いところで作品に共鳴するというか、微動だにせずに聴き込んでしまう。奏者と一体になって、その作品の内奥へと入り込んでいく感覚にとらわれるのである。
彼女は、最後に冒頭に記したトークを行い、「リストに感謝します」といって、シューマンの「献呈(リスト編)」をアンコールとして演奏した。
私はこの曲が大好きで、いつもこれを聴くと、ヘルマン・プライの晩年の来日公演のアンコールを思い出し、胸が痛くなる。
終演後、楽屋にあいさつに行き、伊藤恵の写真を撮ったのだが、照明の関係で、うまく撮れなかった。
今日の彼女は、早春らしい、非常にさわやかな若草色のドレスを着ていたのに、それを紹介できなくて残念…。
帰路に着く間、ずっと私の頭のなかでは、シューベルトのソナタの第4楽章が鳴っていて、いまでも口ずさんでいるほどだ。やはりシューベルトは「歌曲の王」と呼ばれるだけあって、主題がとてもメロディアスだ。
今日は、伊藤恵が銀座のヤマハホールでリサイタルを行った。
プログラムは、前半が彼女のライフワークともいえる作曲家、シューマンの「幻想小曲集」、そして高い頂をひたすら極めていくベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番。後半は、いまもっとも魂を注ぎ込んでいるシューベルトのピアノ・ソナタ第20番。
まさに、最後の晩餐ならではの熟成された音楽で、ひとつひとつの作品が聴き手の心の奥深く浸透し、作曲家の真意を伝えた。
いつも伊藤恵のピアノを聴くと、私は胸がいっぱいになるというか、心の奥深いところで作品に共鳴するというか、微動だにせずに聴き込んでしまう。奏者と一体になって、その作品の内奥へと入り込んでいく感覚にとらわれるのである。
彼女は、最後に冒頭に記したトークを行い、「リストに感謝します」といって、シューマンの「献呈(リスト編)」をアンコールとして演奏した。
私はこの曲が大好きで、いつもこれを聴くと、ヘルマン・プライの晩年の来日公演のアンコールを思い出し、胸が痛くなる。
終演後、楽屋にあいさつに行き、伊藤恵の写真を撮ったのだが、照明の関係で、うまく撮れなかった。
今日の彼女は、早春らしい、非常にさわやかな若草色のドレスを着ていたのに、それを紹介できなくて残念…。
帰路に着く間、ずっと私の頭のなかでは、シューベルトのソナタの第4楽章が鳴っていて、いまでも口ずさんでいるほどだ。やはりシューベルトは「歌曲の王」と呼ばれるだけあって、主題がとてもメロディアスだ。